椅子のこと調べてみよう 6 Yチェア

2019.05.24

親が丈夫に産んでくれたおかげで、病院には縁のない人生を送っています。
でも、歯医者だけは別。

昨年3月、奥歯に痛みを感じ5年ぶりの歯医者通い。
1本だけのつもりが、ここもあそこも…と2ヶ月くらいみっちり通い、その後は3ヶ月ごとに検診。

診療が終わり、必ず腰かける椅子があるのですが、なんとも座り心地がよい。
「キーン」というドリル音に恐怖を感じ(大人になっても慣れません…)、ぐったりした身体もしっかり受け止めてくれる安定感。

その椅子の名は、「Yチェア」(1950年)です。

 

 

「Yチェア」

 

椅子をデザインしたのは、ハンス・J・ウェグナー。
デンマークを代表する家具デザイナーとして知られ、92歳で亡くなるまでの生涯にわたって500種類以上の椅子をデザインしたといいます。

 

 

17歳で家具職人マイスター

 

ウェグナーは1914(大正3)年、ドイツ国境の近くの街・トゥナーで誕生しました。
父は靴職人で、幼い頃から職人の仕事を間近で見ながら育ったそうです。
13歳から家具職人に弟子入りし、17歳で家具職人マイスターの資格を取得、20歳まで修業した後は、兵役のためコペンハーゲンへ。

兵役が終わった1936年(22歳)、コペンハーゲン美術工芸学校に入学し、家具設計を専攻。
1938年に休学届を出し、1940年から1943年にかけてはセブンチェアで紹介したアルネ・ヤコブセンの事務所に勤務。その後、自身のデザイン事務所を開設しました。

 

 

ヒントは中国の椅子

 

Yチェアは、ウェグナーが街の図書館で見かけた椅子の写真から生まれました。
中国の明の時代に作られた「圏椅(クァン・イ)」「曲彔(キョクロク)」という椅子です。

それをヒントに1943年にデザインしたのが「チャイニーズ・チェア」。
そこから発展したのが「ザ・チェア」(1949年)、「Yチェア」(1950年)です。
ザ・チェアは、ウェグナーの数ある作品の中でもデザインや座り心地など最も完成度が高いとされ、アメリカ大統領選のテレビ討論の際にケネディ大統領が使用して有名になりました。

イラストを見比べてみると分かるのですが、Yチェアはチャイニーズ・チェアよりもアームの支えがずいぶん後ろになっています。

肘掛けがあるにも関わらず、斜めに座って肘の支えが脚の邪魔になりません。
だから、横向きにも座れるし、膝を立ててみたり、あぐらをかいて座ることもできます。
食事やお茶、パソコン作業、ひと休みするときなど好みに応じていろんな姿勢で座ることができるのです。

 

 

なぜ「Y」なのか

 

チャイニーズ・チェアから改良を重ねて出来上がったYチェア。
その背景には戦争が深く関わっていました。当時、ウェグナーに家具デザインを依頼したフリッツ・ハンセン社は戦争のためドイツやオーストリアのモダンな家具を輸入できなくなっていました。また、自社の家具の材料を入手するのも大変な状況でした。

そのため、長い材を使わなくてもよいもの、軽くてパターン化して作れるもの、素材はデンマークの木、デンマーク的なデザインが成されたものを、というテーマ(縛り)があったのです。ウェグナーはそれに応じるべく、椅子の部品数をなるべく減らし、コスト低減、機械生産に適した形へと改良を重ねていきました。

椅子の代名詞になっている背板の「Y」字形も、はじめからその形ではなかったようです。
「Y」になったのは、アーム背板を無理なく接合するため。
Y字形に切り出すことで柔軟性が出て、アームのカーブに沿って曲げやすくなるからでした。

Yチェアは機械化できるところは機械でやり、最後の座面のペーパーコード編みなどは職人が手作業で仕上げています。だから、手仕事の温かみも感じられるのです。

ちなみに、日本では「Yチェア」で通っていますが、アメリカでは鳥の鎖骨を意味する「ウィッシュボーン・チェア」の愛称で親しまれているようです。

 

 

計算され尽くした美しさ

 

丸く弧を描く丸棒のアームとそれを支えるY字形の背板、S字状に曲がり太さが変化している後脚。
シンプルながらも独創的。どこから見ても美しい!

背もたれとアームを兼ねたフレームは、ずっと撫でていたくなるほど滑らか。
直径は30㎜。手になじみやすい心地よい太さになっています。

座面のクッション性のペーパーコードにも注目です。
紙を3本より合わせてできているペーパーコードは、夏は涼しく、冬は暖かく過ごせるのだとか。
時間が経つにつれて体になじんでいくので、長時間座っても疲れません。

ペーパーコードを使っているので、とても軽い! けど、安定性もばっちり◎。
立ち上がるときに「よっこいしょ」とアームを掴んでも、椅子がずれることはありません。

 

 

自由にくつろげる椅子

 

本の中に、テレビ番組のインタビューで“椅子の座り心地”について発言した内容が紹介されていました。当時83歳のウェグナー。

「完璧な椅子というものは存在しません。それが、私がたどり着いた結論です。どんな椅子にも、どこかに必ず改善の余地が残されていると思います。いい椅子とは各自が決めるものではないでしょうか。椅子は構造的なことや技術的なこと、そして、機能、座り心地がよくなければなりません。また多様な座り方ができなくてはならないと考えています。」

探求し続ける人。どこまでも職人! かっこいい。

目の前のYチェアからは、
「椅子は自分の思うままの姿勢でくつろぎなさい」
というウェグナーの言葉が聞こえてくるようです。

おまけ。
今回調べていたら、ウェグナーと私の祖母は、生まれ年、亡くなった年が1年ずつしか違わないことを知りました。
ということは、同じ時代を生きてきた人じゃん! がぜん親近感がわいてきました。

 

文:松田祥子

 

 

【参考文献】

坂本茂、西川栄明(2016)『Yチェアの秘密』誠文堂新光社

西川栄明(2015)『増補改訂 名作椅子の由来図典』誠文堂新光社

 

 

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