このシリーズでは、建築家さんご自身の日ごろの暮らし方や
プライベートな関心事といったお話を通じて、その人となりを探ります。

シリーズ第7回目に登場してくださるのは、有限会社 stage Y's 一級建築士事務所代表の竹澤由紀さんです。 お話をうかがっている間も、そのあとの数日間も竹澤さんから伝わってくるエネルギーで、こちらが元気になってしまう、そんなポジティブオーラあふれる方でした。 〈竹澤さんの近くにいると楽しいことがありそう〉と思わせる感覚は、建築を「ライフスタイルをコーディネイトすること」と捉えていることと繋がりがあるような気がします。

1.遊んで鍛えた五感 ~気になる建築家の横顔 第7回~

2016.09.05

 

 

  • 建築家になったきっかけとして、叔父さまが建築家であったことも背景のひとつかもしれない、というお話をうかがいました。

叔父が竹中工務店の設計部を創った、と聞いています。
中学生の頃かな、叔父の案内で本社のある大阪に遊びに行ったんですね。そのとき大きな声で上司が部下を怒っている場面に遭遇したんです。
叔父は結構、上のほうの人だったんですが、その叔父が「由紀ちゃん、あんな人間になったらあかんで。ほんまに偉いやつは、エラそうせえへんねん」と言ったことを覚えています。

 

 

  • へえー! 面白いエピソードです。それから、間取りを描くことも好きなお子さんだったそうですね。

そうです。小学校の頃から白い紙にいろんな家を描くことは好きだったんです。でも扉や窓は、どうやって描けばいいのかな? と思いながら描いていました。私の父が建築関係に進むことを導いてくれたらよかったんですが、父は「女の子は女子大に行って、卒業したらお嫁に行けばいい」という考えだったんです。ですから一応、女子大には行きました。その後結婚はしませんでしたけどね(笑)。

私は3姉妹の末っ子なので、「あとのことは姉2人に任せて、このまま二度と岡山に帰ってくることはないだろう」と思いながら、音楽の勉強をするために東京に出たんです。

ところがちょうどその頃、母が亡くなったんですね。そのとき、気丈な父親が電話口で、「帰って来てくれ」と声をつまらせて…。母が一番心配だったであろう父のもとに帰ることを決めました。

 

 

  • では24歳で再び岡山での生活を始められて。

東京ではエレクトーンの勉強をしていたので、岡山でも教えることになりました。でも朝起きて、食事を作って洗濯して、お掃除を済ませると、エレクトーンを教え夕方までやることがないじゃないですか。それで、乗馬をやったり、スキーをしたり、お茶、お花、テニス、ありとあらゆることをしました。

たくさん遊ばせてもらったこの10年間が、あとになって建築の仕事に生きて来ました。お茶やお花で五感がすごく鍛えられたと思います。そもそも私、のめりこむタイプなんです。ハマるんです。

 

だから乗馬をやり始めた頃は、一生、馬に乗って過ごそうと思っていました。
ほかの方は土・日曜しか乗馬に来られないけど、私は毎日行けるんですね。それに私の主治医が馬を持たれていて、「時々、乗ってやってくれないか」と言われたので、その馬に毎日乗って、県外の試合にも連れて行っていました。

乗馬だけじゃなくスキーにも夢中になっていたので、冬場はスキーをやって、スキーのオフシーズンに乗馬をしていました。スキーは国体で大回転の女子2部に出ました。

ここまで遊ばせてもらえたのは、父にひとりの環境に慣れてもらったおかげでもあるんです。金曜の夜から土・日曜と泊まり込みで試合があったので、父が簡単に温かいものを食べられるように、すき焼とか焼き肉の用意をして出て行くんです。「食事は冷蔵庫のここにあるから(自分でやって)ね」という具合に(笑)。

 

 

  • なるほど。お家のこともパーフェクトにやりながら、徹底的に遊ばれていたんですね。それにしても、何でも出来ちゃう運動神経をお持ちなんですね。

スピード感のある競技が好きなんです。

  • じゃあ馬もスピードを?

そうそう! 馬は走らせたらすごいスピードですよ。馬の競技は、馬場と障害の2つがありますが、障害のほうは走って、バーを飛ぶんです。私は球技はそれほど好きじゃないんですが、スキーも自分自身が風をきるじゃないですか。

  • スポーツ以外には絵も描かれるそうですが、昔から好きだったんですか。

絵を描くことは好きでしたね。東京から帰って来てからは、ずっと習っていました。

 

 

  • 建築家というと、絵や数学のスキルが必要なのかなと思うんです、イメージですが。

構造については木造であれば、うちで計算が出来ますが、鉄骨などになると構造設計の方にお任せします。でもね、やっぱり設計事務所はデザインで勝負するところだと思うんです。そして建築って五感がすごく大切だと思うんです。五感を鍛えること。そういう意味では10年間、遊ばせてもらったことを父に感謝しています。

  • いつ頃からそう思っていらっしゃったんですか。

建築の仕事を始めた最初の頃から思っていました。

  • ところで、建築が人生に入ってくるのはいつ頃ですか。

父が亡くなってからです。
当時、友人が宅建の勉強をすると言うので、ついでに私も一緒に通ったんですね。受かったあと、せっかくだから仕事をしてみようと思って、ある会社に勤め始めたんです。でも5ヶ月で辞めました。

ちょうどその頃、女友だちにばったり会って、「今何してるの」って聞くと、「建築の勉強をしてる」って言うんです。え! と思いました。〈女性でもそんなことが出来るんだ、そんな道があるんだ!〉と、そこで初めて気づいたんです。〈じゃあ私も勉強しよう、ずっとやりたかったのに〉と思って、それから本気になったんです。

宅建の勉強をしていた頃のお友だちに相談すると、設計事務所を紹介してくださったんです。ちょうどバブルの頃でしたが、そこの所長が、何も出来ない私を事務所に入れてくれて、手取り足取り、一から教えてくれました。

 

 

  • 勉強しながら、事務所でお仕事もされていらっしゃったんですね。

そうです。本当に感謝しています。
大きな会社の仕事もやっていましたが、残念なことに事務所は解散することになったんです。それで、じゃあ岡山で一番お給料の良い設計事務所はどこだろうって探して、面接に行ったんですね。

同じ頃、友だちが仕事をしている北屋建設に遊びに行くと、岡田社長が出て来られて、お話をしたんです。するとその夜、友だちから電話がかかって来て、「社長が、由紀さんの席をもう用意してる」って言うんです。

 

 

「今日は面接に行ったわけではないんだけど、でもじゃあ、もう一度履歴書を持って行くね。」という話をして、改めて別の日に面接をしてもらって、入社しました。

もうひとつのお給料の良い事務所にも合格していたので迷ったんですが、行ったその日に机を用意してくださるその心がうれしいなと思ったんです。だからこちらのほうが上手く行くだろうな、と決めましたが、その選択は正しかったです。

 

つづく・・・4回連載 次回「2. 建築家という道」は9月12日UP予定です。

2016年7月 取材
文:尾原千明

2. 建築家という道 →

 

有限会社 stage Y's 一級建築士事務所

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