3.暮らしと「もの」のこと。
土岐建築デザイン事務所
土岐一嘉さん
2014.11.17
僕ね、外でキャンプしてたら、家なんかいらないって思うんです(笑)。
― 建築家なのに(笑)。究極ですね。
僕の理想の家は、「パオ」なんですよ。モンゴルの遊牧民のテント。
― まさにキャンプそのものですね。家というか、ほんとにもう、最低限の。
そう、生きて暮らすための最低限の空間。うちの自宅だってなにもないからね。
毎日テント暮らしとまではいわないけど、設備はどうだとか、IHがどうとか、本当の暮らしってそんなところにあるものじゃない。
不便な生活は誰もしたがらないけど、でも田舎の人の昔ながらの暮らしを見ると、すごく豊かなものがあると感じます。
暮らしのアイデアを探す楽しさみたいなものは、設備の整いすぎたところにはないんですよね。
…僕の家、ちょっと見てみますか?この奥なので。
― いいんですか?突然伺っても。
どうぞどうぞ。
― では、おじゃまします。
わあ! …シンプルで、まさに上質な空間という言葉がぴったりです。
あたりまえなんですけど、ああ、土岐さんの家だなあと思いました。
建築家さんの自邸ってやっぱりなにか凝縮されたものだと思うから、すごく興味を惹かれます。
この家のプランは、実はほぼ1日でできたんですよ。
最初、海のそばに気に入った土地を見つけて、そこで「これぞ自分の理想」というプランを完成させていたんですけど、とある事情でその土地がダメになって。
その後ここを紹介されたんです。岡山にこんないいところがあったなんて!と思いましたよ。それですぐ新しいプランに取りかかって、寝ずに一気に描き上げました。
出来上がったら、さっそく妻にプレゼン(笑)。
― ヒッコリーをつくったときと同じですね(笑)。
はい。
妻は市街地に住んでいた人だったので、この山の土地を見たときはびっくりしていたけど、プレゼンの結果、気に入ってもらえたみたいです。
― ご自宅を拝見して感じますが、家そのものがシンプルであることに加え、中のものがきちんと片付いていて、ごちゃごちゃしたところがひとつもないというのも、徹底していますよね。
そもそも、ものが少ない…。
そう。
生活していたら段々とものが増えていくけど、これがほしい、あれがいるって、欲求を満たしたいだけで、ほとんどのものは必要ないんですよ。
これを所有すると決めたら、一生つきあわなきゃいけないはずなんです。
そっちのテーブルやソファなんかは、初めから家と一体に造り付けているから、途中で替えるとかできないし。飽きたから新しいの、なんてことはないですね。
もちろんお引き渡しした後の家にどんなものを置くかは住む人次第なんだけど、やっぱりこうでありたいなという姿を、自分の家で実践しているというのはあります。
― 本当に必要なものだけ、一生愛せるものだけ厳選する…。改めて、そうあるべきだなと思わされます。
…ご自宅の家具も、ちょっと置いてある小物も、何気ないんだけど、素敵な佇まいのものばかりですね。
いくつかの家具は知り合いにつくってもらいました。
既成の製品は、つくられたその時代だけのものだけど、手仕事のものっていうのは、流行り廃りがないんですよ。だから一生つきあえる。
― 確かに。そのとおりですね。
手仕事のものといえば、土岐さんが実行委員長を務められている「フィールドオブクラフト倉敷」は、まさにそういう、上質な手づくりの品々が集まるイベントですよね。
そもそも、フィールドオブクラフト倉敷を開催するようになったのは、どういうきっかけからだったのでしょうか?
あるとき、木曽で修行されていた木工作家さんと岡山で知り合い、信州のイベント「クラフトフェアまつもと」に誘われたのが発端なんです。
行ってみたら、それがもう鮮烈で!
こんな楽しいことを岡山でもできないかなと思いました。 それから、動き始めると有志が7人ぐらい集まり、2年ほどの準備期間を経て2006年に第1回を開きました。
― 作家さん発信ではなく、建築分野の方々から立ち上がったクラフトフェアというのが独特ですよね。
さっきの話の続きになるけど、僕たちが建築をやる上で、その中に置く「もの」っていうのは、すごく大事な要素なんです。
ある家具作家は、家具は家の「具」だって言う。
まず家があって、その中の具材だって。僕らにとってもやっぱり、家だけつくっても中に具がなかったらダメなんですよ。 家と「もの」は、切り離せない関係だと思うんです。
そういう建築家としての視点もあって、精神的に共感し合える作家さんに出展していただいています。
― フィールドオブクラフト倉敷に関わるようになって、ご自身の中に何か変化はありましたか?
ものの見方は変わったかな。
たくさんの手仕事のものを見るようになって、その人がどういう気持ちでつくっているかが、段々とわかるようになってきた。
いろんなものをつくっても、芯がブレない人っているじゃないですか。作品を見たら、そういう核のところにハッと気が付きます。
― そのクラフトフェアも、次回はいよいよ第10回。
毎年本当にたくさんの人が開催を心待ちにする、素晴らしいイベントに育ちましたよね。次回も楽しみにしています。
つづく ・・・ 4回連載 最終回「4.建築のこと。」は11月24日UP予定です。
2014年8月 取材
文:吉田愛紀子
(有)土岐建築デザイン事務所 岡山県岡山市中区祇園941-3 Tel.086-275-2802 http://www.toki-ad.com/