椅子のこと調べてみよう 2 トーネットの曲木椅子 NO.14

2018.09.28

図書館で椅子に関する本を読んでいたときのこと、
「革命的な椅子」というフレーズが目に飛び込んできました。

ちょっと、ちょっと、「革命」ってただ事ではありません!
何がどうなって革命なんだ?
ということで、今回はその革命的な椅子について調べてみることにしました。

 

 

ロングセラーモデルの椅子

 

その椅子とは、ミヒャエル・トーネットによる曲木椅子「NO.14」。
登場したのは19世紀のヨーロッパ。「カフェチェア」という愛称がついています。

 

革命的だったのは、それまで権力者が職人にオーダーしてつくらせていたもの、いわゆる権力の象徴とされていた椅子を、庶民の日用品として世の中に広めたこと。1796年、ドイツに生まれたトーネットは多くの人に良質の椅子を届けたいという理念のもと、庶民のためのモダンデザインの椅子を大量に生産し、流通するシステムを新しく確立していきました。

 

1859年に発表されたトーネットNO.14は、今日まで150年あまり、トーネット社はもちろん、(デザインや製造の特許が消滅してからも)トーネット社と無縁の世界各地の工場でつくり続けられ、これまで約2億脚が生産されたと言われています。

 

1859年といえば日本は江戸幕末。井伊直弼が尊王攘夷を主張する武士らを処罰した安政の大獄が起こり、吉田松陰が亡くなった年です。時代は明治、大正、昭和、平成へ。その間も変わらぬデザインで生産され、世界中に愛され続けたロングセラーモデルの椅子なのです。

 

 

軽くて丈夫で美しくて安い!

 

トーネットNO.14の魅力は、軽くて、丈夫で、美しく、なんといっても安かったこと。

 

◎フォルムの美しさは曲木加工

それまで家具は木を「切る」「削る」といった加工法しかありませんでしたが、トーネットは木を蒸して柔らかくしてから曲げる「曲木(まげき)」技術を開発しました。それによってデザインの幅が広がり、上品で美しいカーブを持つ椅子へとつながっていったのです。

原料はブナ。家具製造にはあまり適さないとされていましたが、ヨーロッパでは豊富に自生しており、価格が安かったのでコストを抑えられるメリットがありました。

 

◎シンプルな構造

トーネットNO.14は6つのパーツで構成されています。

【1】背と後脚(後脚から背につながる大きな逆U字形)
【2】背当たり(内側の小さな逆U字形)
【3】座と座枠
【4】リング状の貫(ぬき)
【5】・【6】前脚2本

これらの組み立てを接着剤は使わず、ネジで接合。不具合が出てきても、ネジを締め直したり、部品を交換すれば大丈夫。長く使い続けることができます。

そして、6つのパーツのうち、例えば背もたれの形を変えるだけで別の椅子(新製品)になる汎用性もありました。椅子のバラエティは無限に広がります。

また、パーツはバラバラの状態で梱包できるので、箱にパーツを積めて出荷し、現地で組み立て販売するという、当時は誰も発想しなかった「ノックダウン方式」を生み出したのです。

一辺が1mの箱に36脚分のパーツが収納できたといいますから、輸送コストも大幅に軽減されました。20世紀にも通用する工業化の発想を19世紀にすでにスタートさせていたことが驚きです。

 

◎座面に籐(とう)を使用

トーネットNO.14の座面には、ヨーロッパでは生育しない籐を東南アジアから輸入して使っていました。輸入してまでとなるとコストが高くつくのでは?と思われますが、クッション入りの布張りのものより安価であり、異国情緒が漂います。そして、とにかく軽い!という利点に目を点けたのです。

軽ければ持ち運びも便利。カフェで働くウェイターが掃除するときも片手で簡単に持ち上げることができます。丈夫で壊れても修理しやすければ、カフェの経営者にとっても助かります。

曲木の描く曲線と籐張りシートの軽快な美しさがお客さんにも人気を呼び、カフェやレストランの定番椅子として世界中に広まっていったのでした。

 

 

本物を見てみたい

 

その革命的な椅子、ぜひ本物を見てみたい。どこに行けば出会えるものやら…と、思いめぐらせていたところ、とても身近なところで目にしたのです。

時々コーヒー豆を買いに行く喫茶店の椅子、座面は籐ではありませんが、そのシルエットはまさにトーネットNO.14をモデルとしたもの。
10年前からこの店に通っていたけど、改めて椅子に注目したことなかった…。

マスターに話を伺ったところ、27年前(1991年)に店をオープンしてから神戸のアンティークショップなどで少しずつ椅子を買い揃えていったそうです。椅子は1900年代のもので、チェコやポーランドからのもの、ということでした。

元々トーネットは、ドイツのライン川沿いの町ボッパルトから家具製作を始め、その後ウィーンに移り、さらに椅子工場を現在のチェコ、ハンガリー、ポーランドなどの山間地に建設していきました。現在はドイツに本社があります。

目の前の椅子、もしやトーネット社のものなのかしら? 期待は膨らみます…。

 

 

一つひとつが愛らしい

 

座面の裏にメーカーの刻印が押してあるものを発見!

「FISCHEL」とあります。チェコスロバキア(現チェコ)から入ってきたもの。

フィッシェル社は1871年にオーストリアで設立した家具メーカー。トーネット社が所持していた曲木の特許が切れた後、デビット・ガブリエル・フェッシェルが、トーネット社の工場で働いていた長男アレキサンダー・フィッシェルと共に設立。事業拡大に伴い、チェコスロバキアにも工場を持ち、人気の家具メーカーとして成長していったそうです。

 

こちらはポーランドのAPM社製のもの。

APM社については情報がなくどのようなメーカーだったかは分かりませんが、旧トーネット社の量販モデル(例えばNo.14とかNo.6003)にAPMのラベルがよく見られることから、旧トーネット社のポーランド工場を受け継いだ20世紀以降の民間企業ではないかと推測されるそうです。

 

ローコストと大量生産が可能となり、一気に普及していった曲木椅子。さまざまなメーカーから発売されていますが、どれも似ているようでメーカーや年代でそれぞれ個性があるのだそうです。カーブの曲がり具合や背もたれの形、座面のエンボス型など、お店の中にもいろいろなバリエーションのものがありました。

それにしても、目の前の曲木椅子。100年くらい前につくられたものだとしても、まったく古くささは感じません。

 

 

ジーンズに似た椅子

 

後日談…。
トーネットの曲木椅子。実は自宅のすぐそばでも見つけちゃいました。隣に建っている古い荒物屋さん。早朝、シャッターが閉まっている前に2脚置いてあったのです。

毎日のように店の前を通っていたのに、お店のご主人と近所のおばさま方が座ってお喋りしていた椅子がそうだったなんて…。どこの国でつくられたものなのか、今度ゆっくり椅子を見せてもらおうと思います。ただ、相当な時間は経過している様子。座面が修理してありました。

 

トーネットの曲木椅子は「周囲のどのような造形にも融けこみ、調和し、しかも自分の存在感をアピールできる。また、『着る』人のセンスによっては粋にも野暮にも見える、ジーンズに似た椅子である」という専門家の言葉を見つけました

コーヒーの香り漂うカフェはもちろん、近所の憩いの場になっている荒物屋の店頭でも、どこに置いてもしっくりとそこに馴染んでいて、存在感あるトーネットの曲木椅子。街を歩いていると、また出会えるかもしれません。

 

その背面カーブは本当に美しいんです。
ぜひ、探してみてください。

 

文:松田祥子

 

 

【参考文献】

島崎信(1995)『椅子の物語 名作を考える』日本放送出版協会

島崎信(2002)『一脚の椅子・その背景 モダンチェアはいかにして生まれたか』建築資料研究社

 

 

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