椅子のこと調べてみよう 3 セブンチェア

2018.11.23

食欲の秋。
今年も「カレー食べたい!」という衝動にかられ、カレーショップに行きました。
カウンターに並んでいる椅子の名前を聞いていたとき、一つだけ耳にしたことのあるものがありました。

 

 

「セブンチェア」

 

今回は、このセブンチェアを調べていきます。

 

 

成形合板の椅子

 

セブンチェアの名前は、以前「木の椅子」を調べていたときにも目にしました。木の椅子は、木材の組成や加工法によって3つのカテゴリーに分けることができるのだそうです。

 

【1】ソリッド(無垢)の木の椅子

エジプトの昔から今日まで作られている、木を削って加工した椅子

【2】いす。よりかかりのある腰かけ

前回紹介したトーネットの曲木椅子のように木材を曲げて加工した椅子

【3】成形合板の木の椅子

成形合板というのは、木材を薄くスライスしたものを膠(にかわ)などの接着剤を挟みながら何枚か重ね、形を作っていく技術。小型だと円形に巻いた「曲げわっぱ」があります。この技術を拡大・大型化してつくられた木の椅子。セブンチェアはこの成形合板の椅子になります。

 

 

体を包み込む3次元カーブ

 

成型合板の木の椅子を詳しく追っていきます。

まず、フィンランドの建築家アルヴァ・アアルトが背もたれと座面が一体化した「パイミオチェア」(1931)を完成させました。フィンランドの都市パイミオのサナトリウム(結核患者のための療養施設)を設計した際にデザインされた椅子です。

パイミオチェアは、背もたれと座面(一方向)にしか曲線のない2次元カーブのデザインでしたが、さらにその両側が人の体を包み込むような3次元カーブになっている椅子をアメリカの建築家チャールズ・イームズが発表しました。「DCW(Dining Chair Wood)」(1945)です。戦時中に開発した成形合板の医療用添え木が椅子に採用されたのだそうです。

DCWは成形合板の前脚、後ろ脚、背もたれ、座面、フレームを5つのパーツに分け、特殊な技術で組み合わせた椅子でした。そこからさらに、背もたれと座面を一体化した三次元カーブの木の椅子「アントチェア」(1952)を発表したのがデンマークの建築家アルネ・ヤコブセンです。

ヤコブセンはコペンハーゲン生まれ。少年時代は画家を目指していましたが、父親の猛反対にあって建築家の道へ転向します。当時、デンマークで主流だった木材利用にこだわらず、金属や合成樹脂など新素材を試すなど柔軟な発想の持ち主だったようです。また、若いころから建物建築だけではなく、植物柄の壁紙やステンレスのナイフ、ペンダントランプ、カーテンウォールの建築など多岐にわたってすぐれたデザインを生み出しました。

 

 

蟻というニックネーム

 

背もたれと座面の一体型合板を世界で初めて使用した椅子、アントチェア。完成するまでには、越えなければならないハードルがいくつもありました。

木材には木目と平行に圧力をかけると亀裂が入るという性質があります。体のラインに沿った3次元カーブをつくろうとすると、部分的に割れ目が生じてしまいます。亀裂が入るところを削り取り、一方で体重によって適度に弾力をもって曲げ動くようにすることにも気をつけて…。その結果が、背もたれのくびれの形になったのだそうです。

また、量産することになると表面べニヤに亀裂が残ることが多いため、パテでうめなくてはなりませんでした。その跡をおおい隠すために、黒く塗らなくてはならなかった。背のくびれと黒塗り、金属脚から「蟻(アント)」というニックネームが定着しました。日本では親しみを込めて「アリンコチェア」と呼ぶ人もいるとか。

 

 

なんとしてでも量産化を

 

苦労して形になったアントチェア。でも、椅子を作ってくれる人がいなければどうしようもありません。当時、デンマーク国内では唯一フリッツ・ハンセン社だけが曲木の技術を用い、成形合板を曲げる技術を持っていました。そこでヤコブセンはアントチェアの原案をもっていきます。が、板の成形が難しく、製品化の採算が合わないからと相手にしてもらえませんでした。

そんなとき、たまたまヤコブセンの幼なじみであるノヴォ社(コペンハーゲンの製薬会社)の会長がオフィスを訪ね、その椅子の出来を誉めたのだそうです。そこでヤコブセンはすかさず「この椅子はノヴォ社の社員食堂のためにつくったものです」と答え、300脚の注文を取り付けて、フリッツ・ハンセン社に協力を依頼することにしました。

そして、量産化を渋るフリッツ・ハンセン社に対し、売れ残ったら自分が買いとってもいいと言い放ち、設備投資に踏み切らせるのです。フリッツ・ハンセン社は、ちょうどその年が創業80周年にあたり、売れるかどうかは社運を握る賭けでもありました。

このエピソードはヤコブセンの職人魂のようなものを感じます。いいものを世に出したい、ものづくりへの情熱、前に進もうとする不屈の闘志。「下町ロケット」のような熱いドタバタ劇が繰り広げられていたのでしょうか…。

アントチェアはアメリカやオーストラリアで爆発的に売れました。ところが、ヤコブセンはクールに「欲しい椅子があれば買うだけで、誰がデザインしたかは関係ない」と言ったそうです。

 

 

白いアント(蟻)と遭遇

 

ヤコブセンは椅子をはじめ手掛けるものすべてを工業デザインと考えました。そしてデンマークの伝統的な職人芸ともいうべきディテールの美しさを忘れませんでした。金属パイプ脚の細さも、当時の品質でいえば強度不足でしたが、太くすることを選ぶのではなく、パイプの部分にソリッドの鉄棒を入れて強度を増す解決策を施したそうです。美意識の高さ、半端ない!

 

と、ここまできて、まだセブンチェアは登場しません。セブンチェアのことを調べていたはずなのに、アントチェアのことばかり…(一体どうなってるの? と私も思います)。でも、アントチェアがなければセブンチェアは生まれなかった。セブンチェアのルーツといえるもの、探ってみるととても興味深く、知れば知るほど愛着がわいてくるのでした。

で、やっぱり本物のアントチェアを見てみたい!そんな思いが強くなってしばらく経った頃、偶然出会ってしまいました。白いアント(蟻)に。

岡山市内のケーキ屋さんに白いアントチェアが並んでいたのです。

3次元カーブを作るために苦労してできたくびれ。そのくびれが愛らしい。

並んでいるとさらに美しい。しみじみと眺めてしまいました。

 

 

家具職人ではなかったから

 

さて、お待たせしました。
アントチェアの発表から3年後の1955年、アントチェアの座面の奥行きと幅を少し大きくし、背もたれもゆったりしたデザインの「セブンチェア」が発表されます。

軽くて丈夫。座面の裏には、スタッキング(積み重ね)しやすい工夫が施してあります。脚部にある4点の保護パーツ(ゴム)と、座面裏に取り付けてある蓋に注目!保護パーツと蓋が座面と脚部に触れるようになっているため、椅子同士を傷つけることなく重ねられるのです。

アントチェアの裏面とセブンチェアの座面の裏。どちらもシンプル。

 

セブンチェアは洗練されたデザインと座り心地の良さで、今までに700万脚以上が製造され、1日に1000脚以上が生産される超ベストセラー、ロングセラー商品となりました。その斬新なデザインを実現できたのはなぜか。本の中に「家具職人のマイスターではなかったからではないか」という言葉を見つけました。

当時2次元カーブをつくるのが精いっぱいとされていた技術では、3次元カーブで、しかも背もたれと座面が一体化しているデザインを普通は思いつかなかったかもしれない。製作の大変さが分かるからこそ、無理だとあきらめてしまうこともある…。でも、ヤコブセンはあきらめなかった。建築家、デザイナーという立場から、既成概念にとらわれない椅子のデザインにこだわり、セブンチェアが生まれました。

 

 

もてます、セブンチェア

 

さて、カレーショップのセブンチェアは黒色。見た目すっきりかっこいい。かっこよすぎて、クールなイメージも。

人気者です。
いつ行っても先客がいて座れたことはありませんでしたが、先日夕方を狙って行ったらようやく座ってカレーを食べることができました。座ってみると、あら、すっぽり包み込んでくれる温かさあり。背中をどんっと預けても大丈夫。背もたれがいい感じでしなります。

見た目のクールさと、座ったときの親しみやすさ、と。

 

もてる秘密が分かった気がしました。
セブンチェア、かっこいいです。

 

文:松田祥子

 

 

【参考文献】

島崎信(1995)『椅子の物語 名作を考える』日本放送出版協会

島崎信(2002)『一脚の椅子・その背景 モダンチェアはいかにして生まれたか』建築資料研究社

 

 

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