第1回 『家をせおって歩く (月刊たくさんのふしぎ3月号)』

村上慧 作 / 福音館書店 刊

 

 

てくてく すたすた。いつもの道を、家が歩いてきたら・・・!? なんとも不思議な光景ですが、これは本当のお話です。

 

アーティストの村上慧(さとし)さん。東日本大震災をきっかけに「このまま日常を続けていいのか?」と疑問を持ち、発泡スチロールで作った小さな家を背負って移動、そこで寝泊まりする生活をはじめました。想像してみてください。足が生えた小さな白い家が、てくてく全国を旅して周るのですよ!

 

村上さんの移動生活のルール、それは家を道路や公園に勝手に置くのではなく、きちんと土地を借りて置くこと。お寺や神社、お店や個人宅の庭先など、土地の持ち主と交渉して敷地を借り、村上さんの家を「建てて」います。

 

旅の中で、土地探しはとても大切な部分です。土地を無事借りられたら、家は「背負って歩くもの」から、「寝室 = 帰る場所」になります。トイレ、風呂はないため、探しに出かけます。お寺の境内に土地を借りた日、トイレはすぐそばに公衆トイレがありましたが、銭湯へは電車で20分。町全体が大きな家のようなもの。「間取り図」と称して、村上さんはその町の絵を描きます。京都府宇治市での間取り図には、寝室から歩いて10分のところに国宝の平等院が。

 

山形県酒田市のお寺で土地を借りた日のこと。接近する台風を前に、住職さんは村上さんの家を置く場所を「本堂の東側の縁側がいい」とアドヴァイスしてくれました。北半球での台風の渦の巻き方が反時計回りになることから風向きを予想し、考えてくれたそう。通常、家とは台風などから身を守ってくれるものですが、この家は台風から守ってあげないといけない家、なのです。

 

軒先やガレージの片隅、美しい庭や、まれに室内まで、あちこちに置かれた小さな家の姿は、なんだか愛らしい生きもののよう。時に大変なこともあるけれど、お年寄りが食事も忘れて見入っていたり、小学生が自作の家をかぶって訪ねてきたり、さまざまな土地で笑いと感動を生み出す、村上さんと家の旅。ページを繰って一緒に旅をしながら、自分が家を置くとしたら? と想像してみても愉しそう。ちょっぴりシュールな旅する家が、逆に家の役割とは何だろうと考えさせてくれる、不思議な絵本です。

 

選書・文  スロウな本屋 小倉みゆき

 

 

スロウな本屋

「ゆっくりを愉しむ」をコンセプトに、店主が選んだ絵本と暮らしの本が揃う小さな新刊書店です。
戦前から残る木造長屋をリノベーションした店内では、毎月多彩なワークショップを開催しています。
岡山市北区南方2-9-7
tel 086-207-2182
http://slowbooks.jp/

 

 

 

家はさまざま、ですね。 ieto.me

 

写真 / 「ホリナンの家」 平野建築設計室

 

 

 

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