4.住み続けたくなる家を
平野建築設計室
平野毅さん
2015.09.28
― 平野さんが手掛けているマンションのリノベーション現場へお邪魔しました。
ここはマンション3階フロアのリノベーションです。
このフロアには元々3住戸あったんですが、それらをすべてつなげて住居スペースにしました。年齢的なことも考えてホームエレベーターを取り付け、フロアはバリアフリーです。
― 玄関にもこだわりがありそうですね。
はい。エントランス部分、外から見るとマンションらしくない入り口にしたくて、外壁を白い漆喰の太いラインで囲い込むようなデザインにしました。
― これ、美観地区でよく見かける外壁ですね!
玄関の床はブラックテラコッタ。照明は既存のものを採用しています。
洋風なのか和風なのかちょっと分からない雰囲気を醸し出しつつ、エレベーターで3階へ上がります。扉が開くと、どーんと中廊下が抜けている造りです。
僕のイメージとしては、こぢんまりとした玄関が洞穴で、近代的なエレベーターで上がっていくと、そこは開放的な天上の世界(笑)。
― わぁ! 確かにこのフロア、とても明るくて気持ちいい!木のいい香りが漂っていて、マンションだとは思えません。
中廊下は風通りがいいので、玄関の鍵を閉めても風が自然に抜けていく扉にしています。
ただ、方角的に日当たりが悪くて部屋が暗くなるので、光を取り込むような造りにしました。
― この扉、きれいですね。
格子は普通凹凸があるんですけど、凹凸感を抑え、扉に文様のような格子ができたらいいなぁと。
― こちらの部屋はなぜこんなに壁に木が打ちつけてあるんですか?
ここ、音楽室なんですよ。音の跳ね返りが違うんです。
壁の表面積が多いほうが、音の反射を抑えられていいらしいです。
なので、なるべく凹凸をランダムにするように打ちつけています。それがデザインにもなっています。
― ほぉ、音響効果のある壁なんですね。
― こうしてたくさんの住宅を手掛けられていると、それぞれ素敵なエピソードがあるんでしょうね。どれかひとつ教えていただけませんか?もちろん平野さんはひとつに絞れないでしょうから、いちばん新しい物件のおはなしを。
先日完成したばかりの「ナガオの家」ですかね。
二世帯住宅なんですけど、おじいちゃんが建てた母屋をなるべく活かせるような形でリノベーションしたいと依頼がありました。
― どんな家になったんでしょうか?
まずは、おじいちゃんが建てた母屋、木のフレームを残したまま、新しいことができないかなということを考えました。そして、二世帯での暮らしはどんな風なのか。
通常だと廊下でつながった家が多いと思うんですが…僕はくっつけるんじゃなくてちょっと離してみたんです。
― 離す?
はい。昔は一緒に住むといえば、一つ屋根の下が当たり前でしたけど、生活スタイルも変わりましたし、今はそれぞれ建物を独立させて、お互いの家を行き来しながら、同じ敷地内に「一緒に住む」という感覚。それが楽しいなと思ったんです。
ご主人はお風呂、奥様はキッチンにこだわりがあり、そのご要望を盛り込みながら、母屋をそれぞれ改築して進めていったんですけど、みんなが集まれる場所があるといいなぁとずっと考えていて。
― 二世帯が集える場所ですね。
はい。そこでふと、暖炉を囲んで団らんしているイメージが浮かんできたんですよね。
それで母屋のリビングに薪ストーブを設置しました。
― 完成してみて、いかがでしたか?
どんな暮らしが始まったのか、完成後にご家族そろって団らんしている様子を写真におさめてもらったんですけど、そのあたたかい雰囲気が、僕が設計時に漠然と描いていたイメージとぴたりと重なって、心の底からうれしくて、ほっとした瞬間でしたね。
― 思い描いた暮らしが目の前にある…。きっと、何とも言えない喜びがそこにはあるんでしょうね。
― そんな平野さんが目指す家づくりとはどんなものですか?
そうですね。せっかく僕に頼んでもらえるんだったら、おもしろいことをしてみたいです。
施主様のご要望に誠実に向き合いつつ、さらにプラスα。
今までの価値観がちょっと変わるような家、いいのか悪いのか分からないけど味があって、なんだか居心地いいなぁと思ってもらえるような家。
「こんなん見たことないわー」と言ってもらえるのが、僕にとっての褒め言葉です(笑)。
あとは、長い間古民家再生に携わってきたので、古くなったときのことを自然と考えていますね。今回リノベーションした「ナガオの家」のように、世代が変わってもさらに住み続けたいと思っていただけるような家を目指したいです。
― では、最後に平野さんにとって「建築」とは?
道ですね。
仕事といえば仕事だし、趣味といえばそうだし、すべてではあるんだけど、なかなか極められない建築という業。建築を通して何ができるんだろうということは常に考えています。
― …道。
自分で納得いくものが作れるようになるまで、思い描いたものが作れるようになるまで、死ぬまでこの道を歩いていくんでしょう。
登ったり、走ったり、滑ったり、ときには転んだりもするだろうけど(笑)。
― 明るい笑顔の裏に見えてきた「建築」に真摯に向き合う姿。今後の平野さんのご活躍を楽しみにしています。
今日は長い間おつきあいいただき、ありがとうございました。
2015年6月 取材
文:松田祥子
平野建築設計室 岡山県倉敷市阿知3-21-26-202 Tel.086-441-8972 http://hi-h-h.com/