第9回 3.自分の周囲にあるもの
2017.01.23
【鳥の声だけが聞こえる中で、気になる話がどんどん飛び出して来ます】
――:今は、何をやってるの?
新居さん:自分の周囲にあるものをちょこちょこ作ったりしていて…。
――:どういうもの?
新居さん:最近、興味があるのは手仕事かな。食べるものだけじゃなくて、染めとか、着るものとか。
葛(くず)って植物、わかる? 葛粉の葛。刈っても刈っても生えて来るから、結構、厄介者にされているんだけど、葛のツタからは繊維が取れるし、花はお酒に漬けたら薬酒になるし、葉っぱには解毒作用があるからチンキにして、蜜蝋なんかでクリームを作ると虫さされによかったり、捨てるところがないの。そんな価値のある、すごい植物。あと、よく知られているのはタンポポかな。根も葉も茎も花も全部食べられるよね。
去年から何度か「野草の会」をやっていて、そういうものに惹かれているかな。野草料理の達人が、そのあたりに生えているものは実は食べられるものばっかりだから、って教えてくれるから、ますます草刈りができなくなるんだよね、っていう…(笑)
――:「野草の会」って?
新居さん:2年くらい前から、ここで3回ほど薬草のワークショップをやってるの。美作市の上山で、松原さんという方が棚田再生のための活動をされていて、私がその方の主催の講座に行ったことがきっかけなんだけど。その講座では九州の大学で薬学を専門にされている先生をお呼びしていて、ただの雑草だと思っていたもの一つひとつに役割があることを教わった。雑草っていっぱいあるんだよね。1メートル歩くだけでも数えきれないくらい。その雑草が役に立つものだということに感動して。というよりまず、知らなかったことにびっくりして、知りたいと思ったことがきっかけかな。
最初は、ここに松原さんに来てもらって、「薬草の会」をして、周囲を歩いて、「これは食べられる草」とか、「これは薬草」って。あと牛窓に10年くらい住んでいて、今は高梁市におられる野草が大好きな方には、野草の会をやってもらった。薬草と野草は違うんだけど、どっちの会もすごく楽しかった。
ほかにも染めのワークショップをしてもらったり、いろんな達人を呼んでやったの。それはすごく反響があった。みんな、求めてるものがあったみたい。
――:身近なものだからなおさら良いよね。
新居さん:20人くらい来て、そんなに反応してくれるとは予想してなかったんだけど、これをきっかけに目覚めたというか、自分のやりたい世界に方向変換していく人もいて、その過程を見て行くのが面白かった。
もとは東京で仕事をしていた料理のプロフェッショナルの方が、素朴だけどエネルギーの高い野草…、うまく表現できないけど、そういうものを食べて感動があったんだろうね。いのちの原点に戻るような感覚になるんじゃないかな。生命力の根源にふれるみたいな。料理のプロが「目から鱗が落ちた」って言うので、私もびっくりした。刺激的だったし、そういうものを求めていたことをすごく感じた。実際、私も求めていたし。
――:「野草の会」では料理を作ったりするの?
新居さん:見て歩いた後に、みんなで料理を作った。しゃぶしゃぶみたいにして、一つひとつ味わって食べたり。ダシ醤油をつけて食べたんだけど、野菜嫌いの子どもが、「おいしい、おいしい」ってぱくぱく食べるんだよね。
――:なんでだろ!
新居さん:子どもは知ってるんよ。苦い野草でも味があるし、本当に美味しいんだよね。子どもは自分の身体が必要なものを知っていて、どんどん食べるの。あれは面白いなと思った。だから自分の身体に聞くってことは大事だと思った。本来はみんな知ってるはずのことで、その感覚をもっと研ぎ澄ませたいと思うし、もっと野生に戻りたいなと思ってる。
――:研ぎ澄ませた結果、野草の会に来た人たちは転機を迎えたのかな。
新居さん:今の自分がちょっと違うな、と思っていた時に出会う、というタイミングもあると思うけど、その中で気づいたんだよね。自分の研ぎ澄まされた感覚に気づいたんだと思う。
――:霧の中で行くべき道が見えた感じかな。ここには、いろんな種類の植物がいるね。
新居さん:オオバコがあるし、そこにはニラが生えてるし、良いものがあるんだよね。その土地その土地で、出て来る植物は違うでしょう。その土地に合った植物が一番元気で、そこの人のためにもなってる。よく病気になったら、その人の家の庭には病気に効く薬草が生えるっていわれるんだけど。不思議なんだけど、それはあるんだよね。
――:すっごく不思議。だけど直感的に納得できる。ここには「私を使ってー」っていう植物がいっぱいいるんだ。
新居さん:人間が耳を澄ませて、観ていたら、向こうは「使って」って言ってる。こっちが観ることが出来てないことは多いから、私はそっちのほうに目を向けたいなと思ってる。仕事は仕事でやらなきゃいけないこともあるんだけど、そっちばかりにならないで、こっちも観ようと。
新居さん:人間と自然は本来、密接につながってるから、あり得るんだよね。
――:補完している?
新居さん:補完し合ってるんだよね。私たちが忘れているから、そういうことに気づかないし、でも自分の周囲を見渡したら、「使ってください」ってサインを出してくれてる植物がいる。
――:食べものの「旬」って、そういうことじゃない? 良い匂いを出して、「食べて」って言ってくれてる。
新居さん:そうだよね。だから身土不二とかさ、もともとその土地にあるものを…
――:しんどふじ、って?
新居さん:知らない? 身体と大地が二つにあらず、っていうのは、人間の身体と土地は切り離せないもので、環境と自分が一体であるっていうことを、深い哲学のもとで言ってると思うんだけど。今は食べものの世界で使われる言葉になってるけど、本来はもっと深いことを言ってるんだと思う。田舎で暮らしてると、それを感じる瞬間がどんどん増えてくるんだよね。
ここにいるとね、環境によって育てられているというか、環境があって自分がいるという感覚になる機会が多い。たとえば息をしてることでも、食べることでも、何かに頼らないと生きていけないでしょう。土にふれたり、そういうことをすればするほど、自分は環境によって成り立ってるということを、身につまされることがあるから。頭で意識するというより、普段の生活の中で身にしみてくるから、だから環境を汚さないようにしようと思うし。それは自分のためなんだよね。循環して自分にかえってくる。自分を大事にしたいから相手を大事にするし、環境を大事にするっていう。循環の中に自分がいるっていうことを感じる瞬間がすごく多い。
――:こういうことって、新居さんが勉強していたホメオパシーも関係してる?
新居さん:関係してるよね。やって来たことは全部関係してると思う。ホメオパシーは自然療法のひとつで、自然界の原材料で作ったレメディっていうものがあるんだけど、それを身体や心が不調なときに飲むことで病気を治すようなもので、それをパンを作ってる時に勉強してたんだけど。
――:大阪まで勉強に行ってたよね。
新居さん:それも今の私のベースになってる。ネパールに行って目覚めたのと、ホメオパシーでひとつの哲学みたいなものを学んだことが、今の生活のベースになってるかもしれない。自然療法って、ただ身体を治すっていうのではなくて、人と自然が繋がっている、森羅万象の世界にある。そこで学んで、それを現実の世界で実体としてやりたい思いがある。幻想じゃなくて。だから、それは一つの目標でもあるかな。大きいけど。
――:ところで、ここは居心地がいいね。
新居さん:ほんと? そう言ってもらえたら。居心地が良い場所を作りたいっていうのはある。
つづく・・・4回連載 最終回「4.竹やぶのサンクチュアリ」は1月30日UP予定です。
2016年9月 取材
文とキャプション:尾原千明
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