古民家再生 ― 倉敷てまり会工房+住宅(2)
2021.07.13
■僕らをうまく使ってもらえたら
「代々受け継がれてきた家を残したい」「倉敷てまりの活動を発展させたい」
そんな希望を抱きながら、ご主人と幸子さんは検討を重ね、平野建築設計室へ依頼。改修に向けての打ち合わせがスタートしました。
平野さん:一番の要望はこの家を残したいということでした。あと、工房と住まいを一緒にすること。もちろん予算があるので、希望と金額を照らし合わせながら、打ち合わせの回数も多かったですね。
―家の改修において、建て替えと古民家再生の違いを教えてください。
平野さん:一般的には築50年以上経っている家を「古民家」と呼びます。建て替えは家や基礎をすべて取り壊し、新たにゼロから家を建てていくこと(新築)。古民家再生は元々建てられている家の材料や構造を利用して改修することです。
勘違いしてほしくないのが、古くなった民家を元通りに修理復元するものではない、ということです。いるもの、いらないものを分けて、使えるものは丁寧に取り出し、傷んだ部分は取り替える。シンプルにいうと、新築と昔の家の「いいとこどり」ですね。古民家に手を加えることによってほかには真似できない空間ができます。
―「古民家再生=昔ながらの暮らし」といったイメージがありました。
平野さん:昔のスタイルで住むのではありません。大事なところは残して、変えないといけないところは変える。現在のライフスタイルに合った間取りや動線、設備を整えて、自分たちらしい住まいに生まれ変わらせるという考え方です。
幸子さん:昔の家を残すにはものすごくお金がかかるイメージもありました。建て替えた方が安いのでは?と。
平野さん:費用が高いといったイメージが先行しているんですが、予算の中でどういう風にするかというのが建築家の仕事。僕らをうまく使ってもらえたらいいなと思うんです。
■壊すことになっても想いは残る
―古民家再生の工事はどのように進められるのでしょうか?
平野さん:最初にするのは解体ですね。既存の梁や柱などを残し、壁、天井、床組みなどを撤去します。そのとき、使えそうなものは残しておきます。その後、柱や土台の傷み、腐りなどに関しては補強工事を行い、屋根の吹き替え、床下の湿気工事、壁を付け仕上げをしていきます。
―解体時、材料を残す判断はどのように?
平野さん:一つは材種です。古民家では、新たに手に入れようとするとかなり高い希少な種類や太い木材が使われています。建材として利用が難しい材料も、家具などに利用すれば有効に使えます。あと、僕が一番大事にしたいのは施主さんの思い入れです。実は、今座っている板の間の板も久子さんが大切に保管しておられたものを使っているんです。
久子さん:これは昔、家を改修したときに取っておいたものなんです。長い廊下で使われていた木材で、大工さんが「これはいい材料じゃ」と言われていたのを聞いて、主人と喧嘩しながらも納屋にずっと保管していました。主人からは邪魔になるから捨てろと言われていましたが(笑)。
平野さん:ケヤキという木で立派なものです。今回の改修では、解体した裏の離れの床板でテーブルもつくっています。
久子さん:家の裏に2階建ての離れが建っていました。「新座敷」と呼んでいて、子どもが勉強をしたり、いらないものがあったらそこへ運んだりして。裏山から水が出て、建物もだいぶ傷んでいたから、そこを片付けるのも大変だったと思いますよ。
―工事中、印象に残った出来事はありましたか?
幸子さん:床を剥いだら囲炉裏が出てきてびっくりしました(笑)。
―昔の暮らしが見えてきますね。
久子さん:職人さんが本当に丁寧に仕事をされていましたよ。一人の職人さんがずっと作業してくださったところは、表からは見えないところなんです。きっちりとやってくださっていて、見えないのが悔しいくらい。
平野さん:職人さんのこだわりでしょうね。倉敷てまりは下地が大事といわれていましたが、家づくりでも大切なのは見えない部分です。基礎や見えないところを一生懸命しないといいものができない。ものを作る上では大事なことですね。
幸子さん:裏にある離れを解体するとき、重機が入らなかったので、すべて職人さんの手によって壊していったんです。職人さんの手による仕事を間近で見られたことはとてもよかった。手仕事ってすごいなと思いました。
あと、職人さんが一つずつ外しながら、「これはいい木じゃ」「丁寧に作られとるで」と教えてくださって。この家は大事に住み継がれてきたんだな、壊すことになっても想いは残っていくんだなって実感しました。
平野さん:古民家再生は家を直すことですが、僕は「想いをつなげていく仕事」だと考えています。格好良すぎる言い方だけど(笑)。
幸子さん:玄関の下屋根(げやね)を支える「持ち送り」も、今あるものを見ながら、同じように作り直してくださいました。職人さんの手によって、一つひとつ丁寧に造ってもらった家。息子たち、次の代が、大切に住み継がれてきたこの家を誇りに思ってくれると嬉しいです。
■方々に風が抜けるように設計
玄関の格子戸を開けると広い土間。入ってすぐの棚には、さまざまな彩りの倉敷てまりが飾ってあります。
繊細な模様と素朴な風合い、一つひとつ異なる表情がとても愛らしい。
交流スペースでもある和室からは青空や緑豊かな庭が目に入り、のびやかで心地よい空間が広がっていました。
平野さん:玄関はあまり大きく触っていません。展示してある倉敷てまりを見学したり、人が来てゆっくりお喋りができるような空間ですね。「広間」的に使えるようにしています。
作業スペースやワークショップができる交流スペースについてもほぼ昔のまま。縁側の床板は新しいものに漆をかけてもらっていますけど、ところどころに保管されていたケヤキを使っています。
―ここは倉敷市美観地区から近いのにとても静かですね。
幸子さん:そうなんです。おばあちゃんの家といえば山鳩がポポポーと鳴いたり、庭に出るとたくさんの虫がいて(笑)。小さいころからそのまま、ずっと変わっていません。
―自然がすぐ近くに。目の前の庭も広くて、開放的な気分になります。
平野さん:印象的だったのは、久子さんが「私はずっと北側に住んでいたから、こんなに明るいのは初めて」と言われていたことですね。
―幸子さんが新しくなった家に住み始めてみて感じたことは?
幸子さん:工事期間中、私は目の前にある実家へ移っていました。毎日のように工事の様子を見ていたので、いざ完成して「わ~!」という驚きはなかったんですけど、暮らし始めると日々発見があって。どこにいても「これ素敵」と思いながら過ごしています。
幸子さん:冬に引っ越してきたんですが、とにかく寒くて(笑)。でも、ガラス戸がある南側にいると“ぬくぬく”になるんです。日当たりがよくてポカポカしているから。
今は風がすごく気持ちいい季節になって、家の中を吹き抜けていきます。これから四季を感じながら暮らしていけるのが楽しみ。夏はどんなだろう?って。
平野さん:夏は裏山から風が下りてきて涼しいと思います。裏の離れ(新座敷)がなくなったので、すごく風通しがいいんです。冬は寒いと思いますが(笑)。
―確かに気持ち良い風を感じます。
平野さん:この家は風が方々に抜けるように設計しています。離れを解体・撤去したのも、風通しのことを考えてです。長いスパンで考えたとき、息子さんや孫の代で修繕が大変になるので、この機会に撤去し、母屋のトイレや洗面所、風呂を増築しました。
―家を長く保つために、風通しはとても重要なんですね。
設計:平野建築設計室
施工:有限会社 住まいの伏見
〈つづく〉
Interview 古民家再生 ― 倉敷てまり会工房+住宅(1)
Interview 古民家再生 ― 倉敷てまり会工房+住宅(3)
※ 2021年秋には、工房にて「倉敷てまり会個展」を開催予定です。個展の詳細は決まり次第「倉敷てまりインスタグラム」よりお知らせします。
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2021年4月取材 文:松田祥子