古民家再生 ― 倉敷てまり会工房+住宅(3)

2021.07.14

 

 

■どんどん夢がふくらみ、広いキッチンに

家の中心にあるダイニング・キッチンは、ちょっと他では見たことのない不思議な空間です。
天井は真っすぐではなく波打っているような形、棚には本がずらりと並び、まるで図書館のよう。
真ん中にあるのは、木綿糸の染め作業も行われるアイランド型のキッチン。それがとびきり大きいのです。
何人もが並んで料理を作ったり、作業をしたり、にぎやかに集える場。ゆったりとして開放的で、幼い息子さんたちも元気に駆け回っていました。

 

―ダイニング・キッチンが広くてびっくりしました。

平野さん:キッチンに関しては最初の提案から変わっていませんね。

幸子さん:倉敷てまりの染めの作業もしたいし、おばあちゃんと一緒に料理をすることがあるかもしれない。畑があるので自家製で何か野菜をつくりたいな。そうすると広げて作業ができる場所がいるし…と考えていたらどんどん夢がふくらんで(笑)、広いキッチンになっていったんです。

平野さん:大きな部屋に大きなテーブルを囲んでワイワイするといったイメージ、利便性も加味して今の形になりました。

久子さん:初めて見たときは、変わった台所じゃな!と思いましたが(笑)、2歳、4歳の男の子が走り回るのを見ながらお母さんが料理をしていて、どこにいても目が届くし、うるさく言わなくてもいい。片隅には勉強するところがあったり、おもちゃがあったり、一番小さい子が親の真似をして仏さまを拝んでいたり。生活しているのを見たらいいなぁと思いましたね。

―収納スペースがたくさんあります。

幸子さん:そう、たくさん欲しかったんです。壁にもあるんですけど、キッチンカウンターの下も収納スペースです。子どものおもちゃ箱みたいになっていますが(笑)。

平野さん:収納棚の塗装の色はご主人に決めてもらって、僕とご主人とで一緒に塗りました。

―自分で手掛けた家だと思うと、愛着も深まりますね。

久子さん:普段はね、おもちゃがあっちにもこっちにも広がっとるんです。でも、食べるときにはちゃんと片付いている。小さい子どもでも自分で片づけるようになるんですね。感心します。

―倉敷てまりで使う木綿糸の染めもこのキッチンで行われるんですね。

幸子さん:はい。大きな寸胴鍋でグツグツお湯を沸かして木綿糸を煮て、流しで洗います。染めたものはすぐ隣の中庭で天日干しをするんです。

平野さん:キッチン収納の建具は福山から嫁いできたものもあります。ほかの施主さんのところで使われていたものなんですよ。

―古民家再生では他の場所で使われていた材料も有効に使われるんですね。

 

 

■暮らしに合わせ、世代を超えて住み継がれるように

天井にある板の隙間から光が差し込んでいます。
波打つ天井は、沢山の板が少しずつずれて並びます。
まず、形にびっくりするのですが、その仕上がりの美しさに更に驚かされます。

 

平野さん:細長い板が何枚も平行に並ぶ「ガラリ」をはめ込んだ天井です。風を通すので空気がこもるということがありません。板の向きによっては光が差し、その日の天候や時間によって光の具合も変わります。

久子さん:天井の上に梁が見えるでしょ。職人さんがきれいに拭いてくださったんです。最初は真っ白でした。昔はかまどでご飯を炊いていましたから、灰のようなほこりがたまっていたんでしょうね。

―立派な梁が見えます。

久子さん:台所の天井を作るとき、大工さんが「平野さんが難しいこと言うんじゃ」と言われていました。

平野さん:僕の設計で大工さんがため息をつかれることはあります(笑)。ここに来てくださった左官さん、大工さんはプロですから、難しいと言われながらもきちっと仕上げてくださいます。ただ、僕もさらに欲が出て、もう少しいけるんじゃないかということを要求するんです。施主さんからすると喧嘩しているようにも見えるかもしれませんが、そこは信頼しているからこそ。応えてくださる職人さんにはいつも感謝しているんです。

―これから古民家再生を考えている方へ、平野さんが建築家の立場として伝えたいことは?

平野さん:一番大事なのは、自分たちが大切にしていることを見極めることですね。お金が潤沢にあればいいんですけど、そんな人はなかなかいません。自分たちのお金をどこにどういう風に使うか。金原さんの場合はキッチンを一番に考えました。今回、南側の座敷の仕上げは変えていますが、ほぼ昔のままなんです。昔のいいところはそのまま残し、暮らしに関わるキッチンやトイレ、風呂など水回り部分を直しています。家の北側は傷みやすい部分なので、そこに手を入れたことは長く住み続ける上でよい選択だったのかなと思うところです。

ただ、これがまったくの新築であれば、もっと違った間取りになっていたかもしれませんし、今あるこの家だから、予算や立地条件、家族構成、どんな暮らし方をしていきたいかを考えた上で今の形になりました。

でも、次の代、孫の代がもっと別の暮らし方がしたいと思えば好きなように変えていけばいいと思うんです。循環型社会ということが叫ばれていますが、今ある資源を使って、自分たちらしく暮らすこと。親から子へ、子から孫へ世代を超えて長く住み継がれること。この家も先を見据えて改修を行っています。

 

 

■誰もが“作り手”として参加できる倉敷てまり

古民家再生工事が完了したのは2020年12月末のこと。
倉敷てまりの活動を継ぎ、これからも作り続けていきたいという想いから始まった工房兼住居の改修でした。
工房は、てまりの展示スペースやワークショップが出来る交流スペース、てまりを作る作業場があり、倉敷の文化を身近に感じられる場となっています。

 

―新しくなった工房での今後の活動について教えてください。

幸子さん:体験教室やワークショップなどを開いて、たくさんの方々に倉敷てまりのことを知ってもらいたいですね。倉敷てまりに興味のある人が気軽に来て、学べる場所になっていけばいいなと願っています。また、作り手を増やしていきたいという希望もあります。もともと毎月1回会員が集まって活動してきましたが、仕事で来られない方もいらっしゃるので、SNSでも呼び掛けをして個別に対応しています。

幸子さん:発信してみてびっくりしたのが、てまりを求めてくださる方が結構いらっしゃったことです。今後どうしたらいいんだろう、てまりの使い道を考えていたんですけど、いざ発信したら、全国から「こういうものが欲しかった」「うちでも取り扱いたい」という声をいただいてとても嬉しかったです。海外からも連絡をいただきました。

―反響が大きかったんですね。

久子さん:毎年、アメリカにはクリスマスツリーの飾りにと100個注文がきていました。今はアクセサリーになる小さいミニてまりが外国の方や若い人に人気があるみたいです。

幸子さん:ベビーベッドに取り付けて赤ちゃんをあやす「ベビーモビール」に使いたいと、北欧のデンマークにてまりを送ったことがあります。ほかにも、結婚式場で白無垢、和服姿の花嫁さんのかんざし飾り、帯飾りとして使っていただいたり、倉敷市内の旅館から宿泊客への手土産にと声をかけてくださったことも。

久子さん:民藝品の中でも倉敷てまりは、家事や子育て、仕事の合間に誰もが“作り手”として参加できる手仕事です。見ているだけでもきれいですが、作る喜びは格別。手仕事は心の安定になりますでしょ。

幸子さん:おばあちゃんが気の合う仲間たちと40年ずっと付き合ってきて、今でもキャピキャピ楽しそうにしているのを見ていると、私も仲間が欲しいなと思うんです。小さな会ですが、一人でも多く仲間を増やして一緒に歳を重ねていけたらいいな、倉敷てまりの輪がどんどん広がるといいなと思います。

 

手仕事ならではのぬくもりを感じる倉敷てまり。
受け継がれていく民藝の心や伝統の技は、地域や世代を超えて広がっていきそうです。

古民家再生もまた、世代を超えて長く住み継がれることを見つめてつくられていました。
つくり手一人ひとりの掌で、今住む人とこの先住む人のことを想いながら。
その繊細な仕事は、民藝の手仕事と通じるのかもしれません。

設計:平野建築設計室
施工:有限会社 住まいの伏見

※ 2021年秋には、工房にて「倉敷てまり会個展」を開催予定です。個展の詳細は決まり次第「倉敷てまりインスタグラム」よりお知らせします。

Interview 古民家再生 ― 倉敷てまり会工房+住宅(1)
Interview 古民家再生 ― 倉敷てまり会工房+住宅(2)

 

■倉敷てまりインスタグラム
@kurashiki_temari

■倉敷てまり 取り扱い店
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2021年4月取材 文:松田祥子

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