第4回 『幸田文 台所帖』
幸田文 著/青木玉 編/平凡社 刊
台所には是非とも音が生じる。
その音を怖じたり恥じたりしないようになれ。
厨房の音を美しくしろ、台所の音をかわいがれ。
台所はたべるうまさをつくるところだ、
うまい音があっていいはずじゃないか
(「私の音」より)
幼くして母を亡くした幸田文。
彼女に家事一切を教え込んだのは、
父・幸田露伴でした。
そこらにあるものでいいから、
最大限おいしくして食べさせてくれと鍛えられた幸田文の、
台所や食にまつわる作品をまとめたのが、
本書『幸田文 台所帖』です。
台所に立てば台所が人をみがいてくれる、ということでした。
最初は粗くしか動かなかった心づかいが、
やがて細かい心づかいもできるようになり、
こまやかな心づかいの突当りにあったものは、
自分なりの会得でしたし、
会得には人知れぬ小さい喜びがあり、
それは心を育んで、性格を柔らげてくれたようです。
これは父親がそう仕向けてくれたがゆえの仕合せでしょうか。
それとも台所そのものが私に贈ってくれた福分でしょうか。
台所は五感も鋭敏にしてくれますし、性情も養ってくれます。
(「滋味」より)
住いも影響は大きいものだ。
孟母三遷の話は有名だ。
衣服も大きいものだ。
働き着は心をきびきびとさせるし、
部屋着は緊張をゆるやかにする。
ましてからだの中へはいったが最後、
直接いのちにつながる食物である。
料理は大切である。
いや、料理というものへの心の構えかたは大切なのである。
(「いじくる」より)
台所が人を育ててくれるという、幸田文の知恵と心意気。
背筋がしゃんとすることばを追ううちに、
自分の台所はどうだろうと、考えはじめることでしょう。
台所の音。暮らしの音。
それは、生きている証拠、そのものかもしれません。
あなたの台所からは、どんな音が聴こえてきますか?
選書・文 スロウな本屋 小倉みゆき
スロウな本屋
「ゆっくりを愉しむ」をコンセプトに、店主が選んだ絵本と暮らしの本が揃う小さな新刊書店です。
戦前から残る木造長屋をリノベーションした店内では、毎月多彩なワークショップを開催しています。
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