椅子のこと調べてみよう 9 モンローチェア

2020.01.24

友人に誘われ、奈義町現代美術館に行ったときのこと、エントランスにあった美しい椅子に目を奪われました。
今回はその「モンローチェア」について調べてみました。

 

 

「モンローチェア」

 

 

 

チャーミングなくびれを表現

 

遠くから眺めたとき、縦にまっすぐ伸びた背もたれが印象的でした。
凛として重厚感たっぷり。存在感が半端ない…。

でも、近づいてみると、うねるように波打つ背もたれが見えてきます。
その曲線がチャーミングで、ユーモアたっぷり。(思わずニンマリしてしまう)

これこそが、モンローチェアたる由縁。
モンローとはアメリカで1950年代人気のあった映画女優、マリリン・モンローのこと。

椅子をデザインしたのは奈義現代美術館を設計した世界的建築家、磯崎新(いそざき・あらた)氏です。
映画「7年目の浮気」でマリリン・モンローが地下鉄の通気口に立ち、白いスカートがふわりと浮き上がるワンシーン。

磯崎氏はモンローの身体の曲線の比率を割り出し、そのポーズを取った姿そのままに表現したのだそうです。

そして、モンローチェアはマリリン・モンローのボディラインを造形に取り入れただけではなく、スコットランドの建築家、チャールズ・レニー・マッキントッシュ(1868-1928)の名作「ヒルハウス・ラダーバックチェア」(1902)をオマージュしています。

 

 

どこから見ても美しい眺める椅子

 

マッキントッシュは16歳で建築家の事務所に弟子入りするかたわら、グラスゴー美術学校の夜間部でデザインとアートを学びました。

マッキントッシュにほれ込み、よき理解者となったのが、出版業を営むウォルター・W・ブラッキーという人物。
ブラッキーはマッキントッシュに別荘「ヒルハウス」の設計を依頼し、2階の寝室用にデザインされたのがラダーバックチェアでした。

背もたれはなんと140㎝も。それに比べて座面は小さく、快適な座り心地とはいかないかも…。
それもそのはず、そうした用途ではデザインされていなかった!

ラダーバッグチェアは窓際の2つの衣装棚の間に置かれることを前提としていて、靴下を履いたり、寝間着を置いたりできれば機能的に十分だったのです。

当時、椅子は建築家が設計する建物のインテリアとしての要素が大きく、オブジェ的な存在。
量産化を前提としないオーダーメイドとして考えられることが多かったのだとか。

マッキントッシュのインテリアは白を基調したものが多く、真っ直ぐに伸びたフレームの黒との対比が美しさを引き出しました。
格子につながっていく姿からは日本的な美も感じられます。

正面から見たモンローチェアも、日本的な美しさが漂っています。
影までもデザインされていたのか、床に映るシルエットもかっこいい。

 

 

建築家であり芸術家であり文人

 

モンローチェアをデザインした磯崎氏は、1931(昭和6)年大分県生まれ。現在88歳。
昨年、建築界のノーベル賞ともいわれる「米プリツカー賞」を受賞されました。
実は磯崎氏は1979年プリツカー賞の設立メンバーで、10年近く審査する側だったそうです。

つくばセンタービル(茨城県)やロサンゼルス現代美術館(アメリカ)、パラウ・サン・ジョルディ(スペイン)など活躍の場を世界にも広げ、現在までに数え切れないほどの名建築を手がけてきました。

どれもスケールが大きくて、すごい…。
一体どんな人なの? ということを知りたくて、
図書館で何冊かの本を借りて読んでみたのですが(著書も多いです)、

小さい頃から読書家だった磯崎氏。
歴史や美術や宗教学…とにかく幅広い知識に精通していて、その知識量がすごかった…。
磯崎氏のカケラのようなもの(私が印象に残った文章)を紹介します。

 

原風景は1945815日、焼け野原の大分で見た青空。(当時14歳)
戦争体験は心の傷、傷跡。目に見えるものは必ず崩壊していく、解体して、消滅するという、
そういう原体験を持っていることは確かです。

次の進路を決めるとき、芸術と技術が両方一緒にやれるのは建築だろうという、
全く安易な考えで建築学科にすすんだ。
工芸と芸術の統合。技術者であり芸術家でもあるけど、建築家はそれを超えなければならない。

ヨーロッパの聖堂の暗闇の中に疲れ果てて座っていたとき、高窓から一条の光線がよぎった。
その瞬間に私はひとつの空間が存在していることを感知できた。
「建築」を輪郭や構成と思っていたけれど、それは内部に闇をかかえこんだ空間なのではないか。

いつの頃からかカメラを持ち歩くのをやめた。
シャッターを押したとたんに、見たものを全部忘れてしまうからだ。かわりにスケッチブックを持つことにした。
画面全部を埋めるので手間はかかるが、それが細部の記憶を確かめてくれる。
私がその場所に立っていたことの記憶にすぎない。

 

 

奈義の名月

 

磯崎氏が1994(平成6)年に手掛けたのが奈義町現代美術館と奈義町立図書館です。
「建築のおくりもの」という本の中に「奈義の名月」というタイトルで綴られていました。

岡山県奈義町に小さい現代美術館を設計したとき、3人のアーティストにそれぞれの独自のインスタレーション(設置)をしてもらうため、建築を3つの棟にした。太陽(荒川修作)、月(岡崎和郎)、大地(宮脇愛子)のそれぞれが異なった軸線を持っている。大地の棟はこの地の聖地である那岐山頂、太陽の棟は真南の正中線、そして月の棟のひとつの壁は、中秋の名月が夜10時に位置する方向をむいている。

奈義町現代美術館では毎年中秋の名月の夜、観月会が開催されます。
夜10時になると、月光がひとつの壁面を照らし始めるのだそうです。
その瞬間、立体作品のとりついた大きな白い壁が突然表情を変える、年にたった一度の光景。
雲でさえぎられると、また一年待たなければなりません。となると、無性に見たくなる…。

中秋の名月と奈義町現代美術館による年に一度の饗宴。いつか見に行ってみたいなぁ。
そして、モンローチェアの座り心地も試してみたいです。

 

 

おまけ「奈義町で見つけたアート」

 

せっかく奈義町まで出かけたので、美術館の周りを散歩して帰りました。
そこで見つけたアートちっくな光景を紹介。

まっすぐ伸びているようで、少し曲がっているような、芸術的な畑の畝。

白壁にくっついていた蔦の実。

自然の形って素晴らしい。
しばらく見惚れてしまいました。(掃除は大変そうだけど)

 

文:松田祥子

 

 

【参考文献】

磯崎 新(1996)『磯崎新の仕事術―建築家の発想チャンネル』王国者

磯崎 新(2000)『建築家のおくりもの』王国社

NHK「美の壺」制作班(2009)『美の壺 木の椅子』日本放送出版協会

萩原健太郎(2017)『ストリーのある50の名作椅子案内』スペースシャワーネットワーク

 

 

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