椅子のこと調べてみよう 12 ニーチェアエックス

2020.09.25

友人から新しい椅子の話を聞きました。
自宅で仕事中、眠気が襲ってきたときに仮眠する椅子!とか。
眠れる椅子ってどれほど快適なの? ベッドみたいなのかな? と妄想を膨らませていたら、
「折りたたみ式だから手軽に運べるのよ」って。

その椅子は「ニーチェアエックス」(1970年)といいます。
今回のレポートをまとめるため、一週間ほど貸してもらうことになりました。

 

 

「ニーチェアエックス」

 

 

 

我が家にやってきたニーチェアエックスは、
想像していたものよりずっとコンパクトでした。

X型に組まれたフレームと木製の肘掛け、キャンパス地のシート。
シンプルなフォルムがかっこいい!
ニーチェアエックスは1970年に発売され、今年で50周年になるそうです。

椅子をデザインしたのは新居 猛(にいたけし)氏(1920~2007)。
ニーチェア「Nychair」という名前は、武蔵野美術大学名誉教授の島崎 信氏が命名したのだそうです。
「デンマーク語でNY(ニュイ)は『新しい』という意味がある。それと新居(にい)をかけて『ニーチェア(Nychair)』と申し上げたら、大変気に入ってもらえた」とのこと。

 

 

カレーライスのような椅子づくり

 

新居氏は1920(大正9)年、徳島県の剣道武具店の3代目として誕生しました。
1945(昭和20)年に第二次世界大戦が終わり、GHQによって剣道が禁止されたため、
生活のために職業補導所で木工技術を学びます。

1947年、27歳のときから建具や家具の製作をスタート。
「座り心地を落とさず、とにかく安く、道具のように役に立ってこそ椅子」という信念のもと、
多くの人に愛される、親子丼やカレーライスのような椅子づくりを目指しました。

 

 

置き場所を選ばない

 

さて、ニーチェアエックスが発売された1970年といえば、
日本万国博覧会(大阪万博)が開催された年。
戦後の日本経済が飛躍的に発展した高度経済成長期、「ザ・昭和」な時代です。

巨大なニュータウンが各地に造成され、鉄筋コンクリートの団地や高層のマンションが登場。
木造家屋で縁側があり、畳にちゃぶ台で暮らしていた住環境はどんどん洋風化していきました。

ニーチェアエックスはそんな日本の住環境にしっかり対応しています。
まず、置き場所を選ばないところ。

ニーチェアエックスは、4つの点で支える脚ではなくバー形状になっています。
面で支えるので荷重が分散され、床への負担が小さくて済みます。
だから、毛足の長い絨毯や畳を痛めず、和室でも気軽に使うことができるのです。

 

 

折りたたんで自立する

 

畳約一畳分のスペースに置くことができるニーチェアエックス。
なんと、折りたたむと15㎝ほどの幅になります。
この「たたむ」というのは日本人らしい発想だなぁと思う。

しかも自立するんです!(←ここ強調部分)

急な来客などで部屋が手狭になった時は簡単に折りたためるし、別の場所に移動することも。
隙間に収納することだって可能です。重さが約6.5㎏なので女性でも簡単に運べます。

 

 

剣道着から思いついたシート地

 

体をしっかりと包み込んでくれるシートはキャンパス地。
これは剣道着や道具袋から思いついたのだそうです。

今回びっくりしたのが、ニーチェアエックスの生地が、岡山県倉敷市のメーカー、丸進工業が生産する倉敷帆布製だったこと。
地元の岡山で作られていたとは! 親近感が湧いてきます。

ニーチェアエックスのシートはデニム生地に似た「綾(あや)織り」の生地。
タテ糸・ヨコ糸を1本ずつ交互に組み合わせて織る「平織り」に対し、
綾織りはタテ糸が複数のヨコ糸を斜めにまたぐように織る方法で、
ふくらみのある柔らかな風合いで、伸縮性に優れ、シワが寄りにくいのだそうです。

さらに、生地の表面を引っ掻きながら、わざと細かな毛羽立ちを起こす起毛加工をして、
肌触りをよくしています。丈夫なので長年使えますが、もし破れてしまっても、
シートが交換できるので安心です。

 

 

ネジ4本で組み上がる椅子

 

あと一つ書いておきたい、すごいポイント。
椅子のこと②で紹介した「トーネットの曲木椅子」と同じく、ノックダウン方式を採用しているところ。

箱にパーツを詰めて出荷し、現地で組み立てるという方法で、輸送費が安くて済みます。
ニーチェアエックスの場合は、6つのパーツが送られてきて、4つネジで組み上がるのです。
分解できるから引っ越し時も便利。本当によく考えられている椅子だなぁと感心…。

「私はとにかくいろいろと、工夫好きなんですね。親父も工夫好きでしたから、剣道の道具をつくるとき、どうやったら早くできて能率が上がるかをいつも考えていました。私はそういう親父の姿を見て育って、能率よくものをつくるという考え方は、子どもの頃から頭に入っていました。実際に手を使い、汗水たらして働くことに喜びを感じる家系に生まれてよかったと思います。また、骨董店を営んでいた祖父の美術鑑賞の素質を受け継いだことも幸せでした。だからこそ『ニーチェア』もつくれたのだと思っています」

本に紹介してあった新居氏の発言。ものづくりに真摯に向き合う姿が見えてきます。
ニーチェアエックスは1974年にニューヨーク近代美術館のパーマネントコレクションに選定されました。
国内では1986年にグッドデザイン賞を受賞し、1982年の中学3年の美術教科書にも掲載されたとか。
国内外で評価され、今でも愛され続けている椅子なのです。

 

 

ゆらゆら揺られるくつろぎタイム

 

友人から貸してもらったニーチェアエックス。

これはロッキングタイプといって、伸びをしたり、体重をかけることで前後に揺れ動くタイプ。
座るとキャンパス地のシートがほどよく背中にフィットし、疲れることなく、いつまでも座っていることができます。

「ゆらゆら」が心地よくて…読書したり、テレビを見たり、時々ウトウトしたり…。
私も娘もニーチェアエックスでのくつろぎタイムを満喫しました。

「オットマン」という足置きを一緒に使うと、よりリラックスできるみたい(眠れる!?)。
友人はクッションを代用していると言っていました。

 

 

おまけ「我が家のリビング風景」

 

友人に借りたニーチェアエックスと、我が家のヘリノックス。
偶然にもシートが同系色でした。

 

文:松田祥子

 

 

【参考文献】

島崎 信(2002)『一脚の椅子・その背景 モダンチェアはいかにして生まれたか』建築資料研究社

西川栄明(2015)『増補改訂 名作椅子の由来図典』誠文堂新光社

 

 

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