第9回 2.マフィンを焼きながら

2017.01.16

 

 

 

【今回の取材のお願いをした時、新居さんから「何か用意するものはある?」と聞かれました。「何かお菓子でも一緒に作れるとうれしい」と伝えていました】

 

 

――:ここが作業場!

 

新居さん:何か作る? クッキーかマフィンか。

 

――:マフィン! どれくらい時間がかかる?

 

新居さん:10分か15分。それと焼く時間だけで。

 

 

――:扉から向こうに見える風景がさすがだなあ。

 

新居さん:あ、この子(ニワトリ)がいるのね。

 

 

――:ここは前からキッチンだった場所?

 

新居さん:じゃなくて、あとからキッチン(作業場)にしたの。あ、菜種油、新しい缶を開けなきゃいけない。オリーブオイルで作ろうか。

 

――:バターじゃなくて、オイルを使うんだ。超・高級マフィンにならない?

 

新居さん:使うのは少しだから。えーと。何マフィンにする?
これ、ジンジャーエールを作ったときの、ショウガの搾りかすなんだけど、これをマフィンに入れようか。

 

――:へえ、すごい!

 

新居さん:市(マルシェなど)でジンジャーエールを出すときにジンジャーやスパイスを使うんだけど、その絞りかすを捨ててしまうのはもったいなくて、こういうお菓子とかに使えるんだよね。

 

――:もう、これだけでおいしそう。

 

 

 

――:作りながら新居さんの今までを聞いてもいい? 会社を辞めて、パンづくりの修業で長野に行ったけど、その前に、世界旅行に出かけたよね。

 

新居さん:世界旅行じゃないけど、何ヶ月か旅行に行った。会社に勤めていたのは11年間。

 

――:その時はパンを作ることは考えてなかった?

 

新居さん:その時は何も考えてなかった。最初にアイルランド、ダブリンとゴールウエイを旅して、それから3週間、語学学校に通って、その後にイギリス発のツアーに参加したって感じかな。

 

 

――:どこを経由したか覚えてる?

 

新居さん:通ったのはベルギー、オーストリア、ドイツ、ハンガリーとかブルガリア、トルコ、イラン、パキスタン、インド。今は通れない所もあるね。シルクロードの旅で、終点がネパール。3ヶ月くらいのツアーで、参加者が20人くらいいて、トラックみたいなクルマに乗って行くんだけど、宿泊はキャンプがメイン。それで、毎日3食を自分たちで作るから、その土地のマーケットに行って、自分たちで材料を選んで買って、という旅。

言葉がわからなくても食べるものを通して、わかりあえる瞬間があるのが楽しくて、そういう体験から、食べるものがいいなと思うようになって。あれが私の人生の転換点だったかも。

それからネパールが衝撃で、その時に見た暮らしが、今の暮らしに繋がっている、っていうのはあるかな。

 

 

――:どういうところが?

 

新居さん:質素というか、シンプルな暮らしの中の豊かさを感じて、日本に帰って来ると、すごく違和感があった。ここはもう、ちょっとおかしい、と思ったのが、何年前かなー。もう20年は経ってる。

 

編集:ネパールと日本は似てる、って聞いたことがあるんですけど、そうなんですか。

 

新居さん:そう。ネパールが昔の日本に見えたんよ。チベットの山のあたりが魅力的で、子どもたちも昔の日本人の顔みたいで。昔の日本をそれほど知ってるわけじゃないけど、原風景を感じて、それがすごく印象に残ったんだと思う。何がしたいってわけじゃないけど、惹かれるものがあった。

帰って来て、仕事を探す時に、食べるものを仕事にしよう、やりたいなって漠然と思ってた。それでパンの世界に入ったけど、パンじゃなくてもよかったんだ。料理人になりたかったわけじゃなくて、食べるものの原点を体験したかった。だから農業にも興味が出て、そのときに農業に就きたいと思った。でも当時は新規就農が難しかったし、今みたいに若い人たちが就農するようになる少し前の時期でハードルが高かったし、そのちょっと手前のパンを作ることは出来るかなと。

自分たちで小麦を作ってやっているような場所を選んで、長野県にある石釜の天然酵母のパン屋さんに修業に入ったんだけど、パンの修業に入ったというよりは、田舎暮らしの修業に入ったという感じ。

 

――:そのパン屋では小麦も作ってたの?

 

新居さん:作るパン全部の小麦を作ることはもちろん無理だけど、少し作ってた。

今から思うと、なぜそこを選んだかっていう理由がわかるんだけど、当時はなんでここにいるのかなって、わからずに手探りだったな。今になってみると、ああ、あの時はあれを経験したかったんだなということがわかるよね。

 

 

 

――:長野には2年くらいいたっけ?

 

新居さん: 2年。帰って来て、ちょうど奉還町にマーケット(『Espresso and bar The MARKET』岡山市北区)が出来た頃で、そこに。ワッカファームはマーケットのグループ会社だから、トータルで10年くらいいたことになるね。

 

――:マーケットではパンを焼いて?

 

新居さん:そう、パンだけ。

 

――:ワッカファームは、どういうきっかけで出来たの?

 

新居さん:自然農とかオーガニックに興味のある人が多かったから、農業というものが根底にあって、それをやる法人を立ち上げたんだよね。その時、私はまだマーケットにいて、週1でマーケットとワッカの両方に通っている時期があって、そんなふうにしながらここに引っ越してきて。3年くらい経ったときに、自分でやろうと思って、『Inori』を立ち上げたの。

 

――:今、新居さんは農業もやってる?

 

新居さん:今はこのあたりに自分のものをちょっと植えているくらいで、商品にするものはワッカとほかの農家さんに任せてる。このあたりには自然栽培の野菜を作っている人が増えていて、しっかりした農園を作ってるの。だからそういう人たちに任せてるのが良いなと思って。

 

――:あ、そういえばマフィン。手伝おうか。

 

新居さん:大丈夫(笑)。これに豆乳を入れたらもう終わるから。

 

 

 

【焼き上がるまで、栗の皮をむく仕事をします。手を動かしながら話をするのが良いです】

 

 

――:新居さんが今やっている作業は栗? たくさんあったけど。

 

新居さん:栗ね、ここのすぐ近所からもらって、虫にもくわれてるけど、渋皮煮は作るとみんなよろこぶから。ちょっとラム酒を入れて、マロングラッセくらいに濃厚な感じに仕上げるの。良いのが出来たら、渋皮煮は売りものにして、あとは自宅用の栗ごはんに。

 

 

――:作業は誰かに手伝っもらってる?

 

新居さん:今は週に1回、手伝いに来てもらってる。定期的に来てもらうのはひとりで、大量に仕事がある時は、もう少し。物々交換制度で、ここでまったりと作業をしてもらう代わりに、お昼ごはんを用意するか、商品とかを出すの。

Facebookで、「『inori』ネコの手友の会」というのを作っていて、以前は人手が欲しい時には勝手に招待していたけど、最近は来てくれる人が決まってきて、声をかけたら来てくれるの。「ネコの手」を借りたくなる時期は、一挙に収穫のある夏。季節のものだから、トマトのときはずっとトマト、っていう具合で集中して、手が追いつかなくなるんだよね。

 

 

 

――:軒先に大きな鍋を干してあったけど、あれでソースを作るの?

 

新居さん:そう。あれはトマトソース用。

去年はバジルが不作で、このままじゃ商品が作れないからって慌てていろんな農家さんに声をかけて、たいへんだった。農家さんありきだから、作物がとれないと難しい。そのときはリスクを考えずに、ワッカファームだけに頼っていて、今年はその時の反省を踏まえて何カ所かに頼んだら、豊作で。いろいろ調整がたいへん。

 

――:うむむ…。

 

 

つづく・・・4回連載 第3回「3.自分の周囲にあるもの」は1月23日UP予定です。

2016年9月 取材
文とキャプション:尾原千明

※ 写真をクリックorタップするとキャプションとともに拡大写真がご覧いただけます。

 

◆『Inori』のホームページ http://inorilife.shopselect.net

 

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