照明も調べてみよう 6 TOLOMEO(トロメオ)
2023.03.16
今回はイエトミーでもおなじみの、
TENK / テンキュウカズノリ設計室にあるデスクライトを調べてみました。
TOLOMEO(トロメオ)
■ 木と緑と光あふれる設計室
TENK / テンキュウカズノリ設計室を訪ねるのは初めて。いつもは自転車で通り抜けている通りの2階にありました。
扉を開けると、まず天井からぶら下がっている植物が目に入りました。
お化け(ゴースト)のような姿…、インパクト大!
熱帯、亜熱帯地域で育つ、樹木の幹に着生する着生シダ植物「ビカクシダ」。
大鹿の角に似たフォルムの葉にちなんだ名前で、漢字は「麋角羊歯」と書きます。
コウモリが羽を広げているようにも見えるということで「コウモリラン」という名称でも呼ばれているとか。
そして、窓際には多肉植物がずらりと並び、気持ちよさそうに日光浴をしていました。
板張りの床に一枚板のテーブル、手作りで機能的に整えられた木製の棚。
街中のビルなのに想像していたよりも明るくて、
木と緑がたっぷり感じられる(私好みの)空間に「わぁ~」と声を上げていました。
■ 機能とスタイルのバランスが完璧
10年前、この事務所に引っ越してきた天久和則さん。その時「なんかいい!」と直感で決め、デスクライトを購入したそうです。
イタリアの照明メーカー・アルテミデから販売されている「TOLOMEO(トロメオ)」。
作業机の一角にすっくと立つ姿は、ただただかっこいい!
いかにも仕事ができそうな… “切れ者”感が半端ないです。
では、近づいてじっくり見学を。
アームは台座の中央ではなく、端から伸びています。
アームには3つの関節があり、
自由に曲がることで、ここ!という角度や位置でピタッと留まります。
可動性が高く、動きもスムーズ!
シェラカップをひっくり返したようなシェードの素材は、軽くて頑丈なアルミ。
10年の歳月を感じる味わいのある質感です。
電源スイッチがライト部分にあるので、点灯しやすい。
一見するとワイヤーが張られただけのシンプルな外見ですが、関節部の角度調整用ダイヤルをはじめ、アーム内部に隠されたメカニカルな構造。
デザイナーとエンジニア、両方の視点を持つプロダクトデザイナー、山中俊治氏の著書『デザインの骨格』では、トロメオの機能とスタイルの完璧なバランスが、“まるで機能美の教科書のよう”と書いてありました。
特に感心するのは、一見すべての構造を露出しているように見えながら、ハーネスやスプリングなどの部品を巧みにアームの中に隠すことによって、幾何学的な美しさを際立たせていることです。構造と力学、製造技術をよく知りながら、それを高い美意識でコントロールしており、並外れた芸当と言えます。
トロメオはその美しいフォルムと機能の完璧な融合が高く評価され、1989年にイタリアの国際的デザイン賞である「コンパッソ・ドーロ賞」を受賞しています。
コンパッソ・ドーロとはイタリア語で「金のコンパス」という意味で、独創的で優れた業績や調査に対して与えられるイタリアで最も権威のある賞です。
■ デザイナーと技術者の出会いから生まれた傑作
トロメオという名前はエジプトの王朝プトレマイオスのイタリア名。
デザインしたのはイタリアを代表する建築家、ミケーレ・デ・ルッキと照明専門の技術デザイナー、ジャンカルロ・ファッシーナです。
1951年生まれのルッキはすでに巨匠と言われる存在で、今も精力的に作品を発表し続けています。
しかし、その多くは機能的というよりはユーモラスであったり象徴的であったり、
芸術的なものが多いのだそうです。
一方、ファッシーナは1935年生まれの照明および照明器具を専門とする技術系デザイナー。
いくつかの建築事務所を渡り歩いた後、1970年にアルテミデへ入社し、
技術者として多くの建築家やデザイナーと共同で照明器具を開発しています。
この2人の出会いがあったからこそ名作照明が生まれた、というのが山中氏の考察です。
トロメオがデザインされた1987年にはルッキは36歳、ファッシーナは52歳でした。勝手な想像なのですが、気鋭の建築家の美的感覚を、経験豊かな照明技術者の技術力が支えることによって、この世紀の傑作が生まれたのではないでしょうか。
優れたデザイナーと優れた技術者の出会いが優れたデザインを生む構図は、やはり普遍的なもののようです。
■ 内面から湧き上がる何かを大切に
ミケーレ・デ・ルッキは現在71歳。
今も現役で、世界各国の建築プロジェクトに携わり活躍しています。
眼鏡とひげが印象的なルッキ。
デザインオフィス「nendo」の佐藤オオキ氏が
世界のクリエイターを突撃取材した雑談集『ネンドノオンド』に登場していましたが、
初っ端の写真撮影のときから
「一緒に空を見よう…、空をね。未来を見ようとするんだよ。
未来を見ていたら運命が降ってくるから。……。」と、茶目っ気たっぷり。
世界的デザイナー2人の贅沢すぎる雑談の中からは、
ルッキが 「手で思考する」 ために 木を削っていること、
自分で白紙の手帳を作って持ち歩いていること、
その手帳も片面ではなく、常に見開きで使うといったこだわりがあること、など
自分の内面から湧き上がるイマジネーションを大切にしたものづくりへの姿勢を感じることができました。
●おまけ●
昨年12月中旬に六甲の山を歩きました。
大寒波が到来したときで、山の上は雪で真っ白。気温は氷点下(涙)。
寒くて心が折れそうになって歩いていると、突然、素敵な洋館が見えてきました。
思わず立ち止まって写真を撮って帰ったのですが、今回トロメオを調べていて、
その洋館の修復をミケーレ・デ・ルッキが手掛けたことを知り、びっくり!
1929(昭和4)年に建築された「六甲山ホテル」は老朽化のため2017年に閉館。
大阪市の会社が改修を受け継いで再生し、2019年「六甲山サイレンスリゾート旧館」としてオープンしたのです。
ルッキは旧館の改修のほかにも、プロジェクト全体のプランニングや設計に携わっていて、
六甲山の自然と調和する新ホテルやカフェの建設も予定されているようです。
また緑の美しい季節に足を運んでみたいと思います。
文:松田祥子
【参考文献】
佐藤 オオキ(2019)『ネンドノオンド』日経BP社
カーサブルータス編集部(2016)『Casa BRUTUS(カーサ ブルータス) 2017年 1月号』マガジンハウス
山中俊治(2011)『デザインの骨格』日経BP社
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Special thanks to TENK / テンキュウカズノリ設計室