第9回 4.竹やぶのサンクチュアリ

2017.01.30

 

 

 

【鳥の声だけが聞こえる、静かな時間が続いています。マフィンも焼き上がりました】

 

 

――:ショコラも静かだね。ずっと寝てるのかな。

 

 

新居さん:あの黒い筒に穴が開いてるのわかる? 明け方、とんとんとんとん、って音が聞こえてきて、こんなに早い時間から大工さんが働いてるんだ、と思ってたら。

 

編集:アカゲラですか?

 

新居さん:アカゲラ?って言うの? よかった、名前がわかって。

 

編集:キツツキ系はいろいろいるから、アカゲラとは限らないけど。

 

新居さん:結構、大きな鳥だった。毎朝、やってたよ。時々、あそこに出入りしてるから、あれが巣になってると思う。

 

 

 

新居さん:あるワークショップ(※矢野智徳さんの「大地再生」)で聞いた話なんだけど、けもの道ってあるじゃない。あれは獣たちが無造作に作っているわけじゃなくて、山の気の風を通してるんだって。それ、感動しない?

 

――:うん、ゾクゾクする。

 

新居さん:そういうことを知ると、視点がちょっと変わるよね。全部、意味があるんだなって思う。今、イノシシやシカが里に下りて来て畑を荒らして被害がたいへんなんだけど…

 

――:この辺りも?

 

新居さん:うん。全部荒らされるから、農家さんは畑が出来なくて困ってる。でもそれにも意味があって、イノシシは畑を荒らすんだけど、ミミズを食べて、土に空気を入れてるんだよね。それで耕したようになる。土をふかふかにしてくれてることに、後に気づくんだけど。

山の生態系ピラミッドのトップにいたオオカミは、イノシシやシカを食べていたんだけど、オオカミがいなくなったことで、山の生態系が崩れたと言われているんだよね。オオカミだってやみくもにほかの動物を狩っていたわけではなくて、病気のシカやイノシシを優先的に獲っていて、山のお掃除屋さんだったんだよね。

要するに山のバランスがあるんだよね。けもの道ひとつ取っても、何気なく出来るわけじゃなくて、全部が一体となっているものの中にあるんだよね。人間もそこに仲間入りすれば、何ていうのかな、もっと今以上に恩恵が受けられて、自然との調和が出来る。

矢野さんが、たとえば森の樹を切るにしても、森の水脈や風を通す道を考えてやれば、森はかけ算方式で応えてくれる、って。

 

――:おお。

 

新居さん:関係が上手くいくと、それ以上のものが自然からかえってくるって。その話を聞いて、人間は自然を壊すだけじゃなくて、良いことも出来るんだなって思って、うれしくなった。役に立てるんだ、そうなれたら良いなと。そしたら大きな、高度な…

 

――:理想郷。

 

 

――:私ね。この間、山梨の友だちの所にクルマで行ったんだけど、犬を連れて。帰る時に国道を通って静岡に抜けようと思って、富士山の西側の道を通ったんだけど。夜になって、対向車もほとんどいなくて、何キロか走ったところでようやくローソンがあって、すごくほっとして、お茶を買って、ちょっと犬を散歩させようかと思って、歩き出した瞬間、左手が真っ暗闇だ!って。富士山の側ね。富士山の手前にある山が迫っていて、「これは真の暗闇だ」と思ったら怖くて歩けなくなった。でも帰って来てから、その場所のことをよく考えてたの。

 

新居さん:怖くなったっていうのは?

 

――:ちょっとワクワク。

 

新居さん:笑

 

――:犬は怖がってなかったんよ。温泉の匂いがして、川が流れていて、でも、こっち側は真の暗闇だ、と私が思ってゾクッとしてしまった。ローソンの灯りからの対比だから、余計に暗さを感じたと思うけど。

 

新居さん:わかるよ。ここに来たばかりの時も、夜は人の気配がなくて、

 

――:闇が濃い、

 

新居さん:そう、そんな感じ。初日は怖いかなと思ったけど、すぐ慣れたかな。闇って実は怖くないんだよね。

 

――:ふうん? 今も実は、あの闇の方に行ってみたい、と思ってる。

 

新居さん:闇と仲良くなるって、良いことだと思うんよね。この辺りも獣やらのガサガサっていう音がしょっちゅう聞こえるけど、逆に安心する。ああ、いるなと思って。静寂な闇だよね。それはみんな体験したら良いと思うな。人間のほうが怖いよね。

 

 

新居さん:向こう側の竹やぶに昔、田んぼだった場所があるんだけど、今、その「森」を整えたいなと思ってる。「森」といっても、要するに竹やぶなんだけど、それを整えたら、サンクチュアリになるかなと。ここは自然と家の境界がないような所だから、それをもうちょっと拡大していって、自然の中に自分が入る代わりに、私が竹やぶに手を加えて整える。そうすると循環が起こるから、その恩恵をもらう、というのが、私にとって理想なんよね。

 

――:それが次の計画?

 

新居さん:それで何をするの?って聞かれたら、うーむ、ってなるんだけど。…行ってみる?

 

――:うん! 竹やぶへ!

 

 

 

【竹やぶの中を進みます。2、3分歩くと、視界が丸く天井に開けた場所に着きました】

 

 

新居さん:私、ここに入るとすごいハイになるんよ(笑)。工房からそれほど離れていないのに、ここは全然、空気が違うんだよね。違う動物がいるし、普段人間のいない所だから、違う気が流れてる。ガラッと変わるのが面白くて、違う感覚になれる。

これでも少し拓いたんよ。竹が朽ちている所から入ったら、風が通るから、自然と通り道が出来た。さっき話したワ−クショップで聞いたんだけど、草を刈る時は、風が吹いて植物が折れる所を刈って行けば草が暴れない、って。対抗しない、という意味。だから竹も一緒だなと思って、枯れている所を切り拓いて行けば、自然と風の通る道が出来るなと思って。

 

 

――:そうやっていろんなものと話しながら、ここを整えて行くんだ。

 

新居さん:うん、ここの木や植物に聞きながらやって行くんだと思う。

田んぼにしたいとか、何かを植えたい、ということはまったく考えてなくて、「整えたい」っていうワードしか出てこないの。サンクチュアリだよね、調和のとれた場所にしたい、という漠然としたイメージしかなくて、自然と向き合ってると教えてもらえるから、それに応えるように自分がやれば、という方が自然の流れでいいかなと思っていて、そういう意味のサンクチュアリかな。

畑についても育てるというよりは、そこにあるものを受け取って、いただくのが良いなと思ってて、だから縄文だよね。草を狩猟するっていうか。

 

 

 

【そして、竹林から戻って、ニワトリたちの様子を見ていたら、なぜかマタギの話になったんです】

 

新居さん:知り合いにマタギをやっている若い人がいて、今度、東粟倉のほうに拠点を移すんだけど、彼は最近、幾何学模様のドラムを作っているの。シカの皮でドラムを作る師匠に会って、その人に弟子入りして、引き継いだ後、師匠が亡くなって。彼は今、そのドラム作りを進化させて、ドラムの紐にシカの腱を使ったり、すべて自然からいただいたのものでドラムを作ってるんだよね。

 

――:音楽をやってるの?

 

新居さん:音楽ではなくて、ドラムも楽器じゃなくて、シャーマニックドラムって呼んでるけど、儀式のためとか、自然とつながる人たちが使うドラムを作っている感じかな。狩猟もすごく大事にやるんだよね。もちろん銃は使わない。

 

――:ええ?

 

新居さん:その子(猟の対象)に負荷をかけないんよ。縄猟で、縄の仕掛け自体もとらえられても痛くないものなんだけど、縄にかかったらひたすら待つの。見つめ合って時間を過ごすうちに、相手が降参する瞬間があるんだって。相手が目をそらす。そしたら、槍で急所をつく。手早くやると、血抜きも早いし、身体に緊張がある時と較べると、肉の質が変わって来るの、収縮した時と弛んだ時でね。結果的にすごくおいしいお肉になる。刺身でも食べられるくらいで、私はまだ食べたことがないけど、トロ以上だって。

相手が命を預けた、っていう瞬間を1時間でも待つんだよね。そういう、ものすごく丁寧な狩猟をしている人だから特殊なんだけど、いろんなことが研ぎ澄まされてくるよね、自然と。

 

――:そこまでやるから命を預けられるんだ。

 

新居さん:その人曰く、メスとオスだと、メスのほうがしぶといんだって。「もういい、」っていう瞬間が来るのは、オスのほうが早いって。

 

――:おもしろい…。

 

新居さん:ストーリーがあるんだよね。この子は、「春の新芽を食べたシカです、お腹からお花が出て来ました」って。だから話を聞いていて面白いし、食べる時もそれを感じながら食べる。命と完全に向き合ってるから。そういう所って都会では隠されているでしょう。その人は若いんだけど、そういうことをやってる。

 

――:その猟の仕方は自分で編み出したのかな。

 

新居さん:おじいさんがマタギで、小さい頃見ていたものを元にやってるんだと思う。もちろん仲間の猟師さんはいるけど、銃で撃つことは一切しない。今、彼は話題の人になっていて、映画を撮りたいっていう人もいるくらいなんだ。

 

 

――:ニワトリ、みんな揃って帰って来たね。

 

新居さん:今、何時だろ?

 

――:4時15分。小学校4、5年生くらいの下校時刻か。たくさん話を聞けたし、今日はここで終わろうか。

 

 

 

【野草の話から竹やぶのサンクチュアリ、マタギの話、ひと晩かけても聞き尽くせない話ばかりでした。

新居さんは聞き手の私の古い友人です。出会ってから長い年月が経ちますが、話をしていると、何も変わらない。20歳代前半の私たちは、カセットテープでオーティス・レディングやジャニス・ジョップリンの曲とヴェルヴェット・アンダーグラウンドの曲を交換していました。

そしてこの日は、飲み水に入れるミントの葉を摘みに、裸足のままで庭に出て行った新居さんの姿を見て、新居さんらしいなと思いました】

 

 

2016年9月 取材
文とキャプション:尾原千明

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