まちの由来さんぽ 第2回 『石関町をぶら~り』

momotaro032017.2.23

 

毎回、岡山のあちこちへ出かけ、町の由来を探りながら気ままに散歩。そこで出会った気になるヒト、モノ、コトにじっくり目を向けてみると…。町って、歩けば歩くほど、知れば知るほどおもしろい!

文・写真 小野泰子

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burari02-m2旭川沿いの石関町は、岡山後楽園を望むグッドロケーション。かつて城下町の入り口として栄えたというこの町で、目を引く一軒の材木店に出合いました。

 

 

老舗材木店におじゃましました!

burari02-hito02とうとうと流れる旭川を眺めながら、のんびり土手沿いを散策していると、木々の間から「銘木」の看板が目に入ってくる。

石関町はかつての町人町。木材を扱う商人も多かったという。さっそく、こちらの中塚銘木店で話を聞かせてもらうことにした。

登場いただいたのは代表の中塚利信さん。創業1801(享和元)年という、かれこれ200年以上の歴史を持つ材木店を、親子兄弟、愛猫フク(営業部長!)とともに切り盛りしている。

11代目社長の中塚利信さん(中央)、弟の尚さん(左)、息子の修平さん(右)

 

「ひと昔前は、旭川の上流から丸太をいかだに組んでここまで運んでいました。昭和30年代中ごろまで、私も見た記憶がありますよ」と中塚さん。『岡山材木誌』を開きながら、「1854(安政元)年当時、石関町にはうちを含め材木の問屋と仲買いは9軒あったと記録されています」

現在も伝統を守り続けるのは中塚銘木店、ただ1軒。それでも、材木をたてかけた、どこか懐かしい風景は、かつてこの界隈が材木商の町であったことを想像するに難くない。

道路をはさんで向かい合う中塚銘木店の倉庫。かつてはこの風景が界隈に広がっていたのだろう

 

中塚銘木店では2つの倉庫で、1万点の材木をストックしている。半世紀前に入荷した屋久杉、今では貴重な天然の秋田杉や魚梁瀬杉(やなせすぎ)など多種多様。昔は木挽き職人がのこぎりで木材を挽いていたのだが、昭和20年ごろに手作業で仕上げた天井板もある。一般の見学も可能なので、事前連絡のうえで訪問を。

趣のある倉庫に材木がぎっしり

 

 

神社に公園。町には心落ち着くスポットが点在

burari02-hito01中塚銘木店から徒歩すぐの岡山神社は岡山城の守護神として、歴代城主の信仰が厚かったスポット。堂々と構える随神門は、岡山空襲を免れた数少ない江戸時代の建物だ。初詣や七五三シーズンなどは混み合うが、平日の昼下がりとあって人はまばら。心静かに参拝し、境内を散策するのはなんとも気持ちがよい。

 

岡山神社の随神門

 

ひと息つこうと向かったのは旭川沿いの石山公園。木々の間にベンチが設けられ、向かいのカフェでテイクアウトしたドリンクを片手にまったりするにはぴったりの場所だ。この日再び旭川を眺めながら、かつて丸太を運んできた舟をそこに想像するのだった。

石山公園。公園にはリスの形のベンチが

2016年8月取材

 

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